私の中にある生と死。
今日もお越しいただき、ありがとうございます。
いよいよ12月に入りました!
今年も残すところ、あと1ヶ月。
寒さが厳しくなって来ましたが、そんな寒さも最近は、私にとっては心地よい季節です。
冬は栄養を溜める時期であり、次の春に紡いでいく大切な季節だと思うと、愛おしい季節に感じます。
さて、12月22日は『冬至』であり、昼間の時間が一番短い日です。
この日を境に、また日は長くなっていきます。
まさに、『陰』極まれば『陽』となる、です。
今日は私の中にある『陰』のお話。
生きていることが幸せだと感じる瞬間と
あと60年近く生きるのか、という生きることにしんどさを感じる自分がいます。
最近は特に、『まだ生きるのか』という気持ちがよく出てきます。
だからといって、うつとかではなく。笑
死にたいとかでもなく。
ただ、漠然とそう感じる自分がいます。
しかし、一方では、『死にたくない』と思う自分もいます。
まだまだ生きたい。
生きていろんなことしたい。
でも、先に進むということは、確実に死に向かっているということ。
だから、生を実感したくない。
先を見ず、このまま『今』というときに浸っていたい。
そんな風に感じています。
つまり、多分本当は、すごく生きたいんですよね。
生きて生きて生き抜きたい。
それが魂の願い。
だけど、なぜこんなに長く生きていたくないと思う自分がいるのだろうか、とよく考えます。
先を見たくないのかもしれません。
これから先に味わう喪失感を恐れているかもしれません。
答えの出ない悩みです。
昔、あるスピリチュアルカウンセラーの方に、前世を見ていただいたことがあります。
悲しいかな、生きた時代は戦争ばかりで。
思う存分には生きられなかったのかもしれません。
一つ前の時代は太平洋戦争。
日本に生れた女の子。
成人することなく、生涯を閉じたそうです。
それから40年。
また日本に女の子として生まれたことの意味。
前世があるのかはよく分かりませんが。
私の魂の先人たちや、ご先祖様が果たせなかった思い。
それを今世で、私という人間がかたちにすること。
生きたくても生きられなかった方の分まで、私が生きる。
生きられなかったからこそ、今世は命にしがみついてでも生きたい。
だから、死にたくない気持ちが強いのかもしれません。
生きていると、なんだか何かに守られていると感じることが度々あります。
またに、『ついている』というやつですね。
先日、あるドラマで使われていたセリフが頭に残っています。
『妻でも母でもないそなたは、その命をなんのために使うのか。』
私はこの命をなんのために使うのか。
私はわたしを生ききるために、この命をつかう。
それが魂の願い。