適応側について
経絡の虚実を弁え補瀉調整する場合、適応側を求めます。
左右の同じ要穴を使わずに片方を優先的に治療するということです。
両方使うと効果が得られないどころか悪化することさえあります。
人間は正中線を境に左右対称になっていますが、気血の偏在は5:5ではありません。
必ず偏りがあり、病気の時はより顕著になります。
例えば左が虚なら右は相対的に実になっています。
左の虚を補えば右の実に近づき全体として中庸に近づきます。
ですが、左だけでなく右も補うといつまでたっても平均化しません。
シーソーの片方が下がって片方が上がっている状態をイメージしてください。
下がっている方が重たいわけですからこれを平均化するためには上がっている方にだけ丁度よい重みを加えます。
下がっている方に同じように重みを加えたらやはりいつまでたっても平均化しません。
人体でも同じです。
右が虚して左が実していれば右だけを補うべきです。
脾虚証で左右を比べて右の脾経の方が虚しているなら右の太白を補います。
ここで左の太白まで補うと調整にならないわけです。
実証でも同じです。
適応側の沿革
■古代 両側治療が行われていました。
■中世 両側治療が行われていました。
■近代 両側治療が行われていました。
■現代 昭和のある時期から片側のみに施術するようになりました。
いきさつをご紹介します。
福島弘道先生が井上恵理先生の鍼灸院へ治療に行った時のことです。
受けている最中、形式的な六十九難の治療よりも経穴が少ないことに気づいた弘道先生は井上先生にその事を質問します。
すると井上先生はもうすでに気が整ったんだから『霊枢』にあるように鍼数問うことなかれでこれ以上やる必要はないと回答されました。
なるほどと思った弘道先生は、もっと鍼数を少なくできれば患者の負担も軽くできると思い立ち早速古典の再検討を始められました。
その結果次の事が分かります。
□片方だけに施術して充分整うもの。
□左右に施術しなければ整わないもの。
□片方だけで整った脉が左右に施術するとかえって乱れてしまうもの。
さらに充分な期間を設けて追試検討した結果、
□片方だけに施術して充分整ったのは適応側から施術したからだということが分かりました。
□左右に施術しなければ整わないのは、非適応側から施術したからで、適応側まで施術しないと整わないことが分かりました。
□片方だけで整った脉が左右に施術するとかえって乱れてしまのは、適応側から施術して整ったにも関わらず非適応側まで施術したためだということが分かりました。
従来の鍼灸治療においては、左右ある経穴を二穴共に用いていましたが、長年の研究の末、左右ある経穴の片方だけを用いて本治法を行った方が治療成績が良いことが分かり、ここに「片方刺しの本治法」が誕生することになりました。
さらに片方刺しの本治法による臨床実践を行うことによって生まれたのが、重虚極補の治療法「相剋調整」ですが、これについては項を改めることにします。
ですが、せっかくですので概略だけでも紹介させていただきます。
片方刺しの本治法を行っていると、更に次の事実が判明します。
□ある主証でその虚経を補い検脉すると、これに相剋する脉位に虚が診られる。例えば肺虚証で太淵・太白を補い検脉すると、この脉位に相剋する左関上
尺中が虚している。
□このような患者は、その病歴も複雑し、病症も多彩にわたり、その経過もあまりよろしくなく、時にその主証が相剋的に伝変するものが多い。
□そこでこのような場合、『霊枢九鍼十二原篇』にいう「これを刺して気至らざれば、その数問うことなかれ」という諭しに基づいて、その虚している脉位を補ったところ非常に好成績が得られた。
ということですが、弘道先生が素晴らしかったのは、
□しかし、これは主証決定における「相剋する脉位が共に虚、あるいは実を現すことはない」という基本原則に反しており、また相剋する脉証を共に補うということは五行の相剋理論にも反するので、これを軽々しく認めることはできない。
として、
□そこで本会の学術部では慎重協議の結果、一定期間の追試検討をおこなったが、一年を経た1967年の3月、本会の学術部が協議し、これを「相剋調整の治療法」として採用することに決定したのである。
ということで、徹底的に検証に検証を重ねて、議論にあらず実行し、臨床実践によって証明されたことです。
また相剋調整の適応となる患者はごく一部のみでなく、超虚証時代の現代においては全ての患者がその対象となりえ、相剋的に診る必要があります。
例を挙げると、①左側は腎虚で右側は脾虚や、②右側は肺虚で左側は肝虚が同時に起こっていて、その両方を補わなければならない患者がいるということです。
①を腎脾相剋証、②を肺肝相剋証などと表現し、これを適応側を左右に振り分けた重虚極補の相剋調整による経絡治療とします。
東洋はり医学会が相剋調整を打ち出した当時は、そんなものは経絡治療ではないなどと主に理論的理由から相当な反発があったようです。
現在ではだいぶ広く受け入れられるようになりましたがそれでも批判的立場の方々がおられます。
鍼灸臨床で最も大事なことは、患者が治った、あるいは元気になったという事実が何より先で、理論はその後です。
片方刺しに始まった本会の技術革新は、相剋調整を皮切りに、脉状に応ずる各論的瀉法・補中の瀉法、陰実和法、脉証腹証一貫性など枚挙にいとまがありません。
弘道先生の革新的発想と命懸けの試みによって経絡治療は一歩も二歩も前進することができました。
今日における「技術は東洋はり」の代名詞をいただけるようになったのも、国内外の鍼灸界を牽引するまでに至ったのも、弘道先生始め東洋はりの諸先生諸先輩方の偉大なる功績からすれば何ら不思議ではありません。
我々はこの恩恵にあやかることができるお陰で、ありとあらゆる疾患を治療することができ、時に難治性の病からも患者を救うことができるのです。
弘道先生の意志を継ぎ、この素晴らしい文化遺産を継承発展させ、後世にまで普及啓発することが現代に生きる我々経絡治療家の使命です。
適応側の決め方
話が長くなりましたが、ようやく本題です。
■男女による適応側
陽体である男は左側が生気が充実しており、陰体である女は右側が生気が充実しているので男は左、女は右を適応側とします。
■健康側・患側による適応側
病症が左右どちらか一方に偏りがあれば、症状のある側は邪に侵され生気が荒廃しているので、症状のない健康側を生気が充実している側として適応側とします。
症状が左右にまたがりどちらを患側とも判別できない場合は男女による適応側を採用します。
■緩急による適応側
症状に偏りがあっても急性期であれば、今正に邪正抗争が行われておりまだ生気は荒廃しておらず充実しているとして、患側を適応側にする場合もあります。
基本的な考え方は、本治法の目的は生命力の強化ですから、生気の充実している方を適応側とします。
相剋調整の場合は先ず本証副証を決定し、主証となる本証の適応側を上記の三要項から決定すれば、必然的に副証はその反対側となります。
例えば肝脾相剋証では、本証が肝虚で副証が脾虚となり、その適応側を左右に振り分けます。
その際、病症に偏りなく女性であるならば、男女による適応側が優先され、本証である肝は右から補い、副証である脾は左を補います。
■陽経の適応側
陽経は症状を取る経とされるように、陰経から整脉力を効かして充分に補えると
、症状に関連する陽経に邪が浮きます。
脉状に応じて各論的瀉法・補中の瀉法を用いて処理しますが、陽経もやはり片方刺しです。
その適応側の判定は、症状のある側に施術します。
左の坐骨神経痛があれば膀胱経か胆経に邪が浮きますが、左の膀胱経か胆経から取ります。
もし、偏りなく左右が判別できなければ脉位から取ります。
大腸・胃・三焦経の邪は右側から、小腸・胆・膀胱経の邪は左側から取ります。
応用編
- 気の上げ下げ
左手は気を引き上げる
右手は気を押し下げる
右足は気を押し上げ
左足は気を引き下げる
- 気の興奮抑制
左の手足は気を抑制する
右の手足は気を興奮させる
- 気の開閉
左の手足は気を開放する
右の手足は気を引き締める・・・不正出血は右の肺、お湯漏れは右の肝、等々。
- 境界
首から上は同側の陰陽経が影響する
首から下は健側の陰経と患側の陰陽経が影響する
日本はり医学会方式の経絡治療は正に至高の極みです
相剋的に証決定を行い、適応側を選択し、数千年の伝統医術をもってしても未踏の地であった片方刺しによる本治法やそこから派生した重虚極補の相剋調整で生気を充実させ、陽経に浮いた邪を実邪と虚性の邪に分け、実邪に対しては瀉法を、虚性の邪に対しては補中の瀉法で、脉状に合わせて各論的に処理します。
また陰経に現れた邪に対しても瀉法・補中の瀉法そしてその最中に現れる気血の滞りに対しては和法を施します。
そうして生気を補い生気を妨害する邪気を瀉し生命力を強化し、現代にはびこるありとあらゆる難病固疾を癒し和らげ治し防ぎます。
またこの崇高な技術は、診脉力・整脉力・検脉力によって厳格に運用されています。
正しい証を導き出すためには慧眼の如き診脉力が要ります。
生気を補い生気を妨害する邪気を瀉し生命力を強化するためには繰り返し修練によってのみ得られる繊細な刺鍼技術が織り成す豊かな整脉力が要ります。
そしてその適否を一鍼毎に確認するためには、研ぎ澄まされた集中力をもって精度の高い検脉力が要ります。
この三要項が確かな治療効果を担保します。
ここまで細かいことをやっている学術団体はどこにもありません。
ただし、簡単に習得できるほど生易しいものではありません。
正直言って難しいです。
生命力豊かな脉作りには、鍼先に絡みつく微細な気の動きを捉えうかがいながら操作する必要があるため、撚鍼によって1つ1つ手作りしていかなければなりません。
日本はり医学会方式の本治法で置鍼を採用していないのはそのためですが、より難易度を上げているのは否めません(^_^;)
志半ばで挫折する方が少なくないのも無理はありません。
ですが、本物とはそういうものです。
年月がかかります。
それでも、今やアメリカ・ヨーロッパ・オセアニアなど海外にも支部があり、外国の鍼灸師も日本はり医学会方式の経絡治療の習得に努めています。
彼らもまた本物を求めているのです。
理由は唯一つです。
患者を病苦から救うために「脉診流経絡治療」による「脉作りの臨床」を実践したいからです。
現代にはびこるありとあらゆる難病固疾を治療するためにはどうしてもなくてはならない技術だからです。
これだけ進歩した現代医学をもってしても未だ未解決の疾患が数えきれないほど在りますが、これらを解決する可能性を秘めているからです。
燦然と輝く日本はり医学会方式の経絡治療ですが、今なお進化し続けています。
現在では、本証を充分に補えると相生経のみならず相剋経・子午経・共軛経などあらゆる経絡系統まで影響を及ぼせることが分かり、この最新技術のお陰で一穴または三~四穴で本治法を完結することができ、より少ない鍼数で患者に負担をかけることなく生命力を強化できるようになりました。
これに満足することなく、国に認められた学術団体として、(一社)日本はり医学会は、これからも経絡治療をより優秀な治療術とするために、できるだけ少ない刺鍼、少数穴によって、短時間で好成績を得るように学術の研究開発に努めていきたいと思います。
興味のある方はいつでもお越しください。