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江戸町巡り

【芝①009】新桜田町

2017.12.02 11:55

町番号:芝①009

町名:新桜田町

読み方:しんさくらだちょう Shin-Sakuradachō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1957(昭和32)年11月30日

冠称:1947(昭和22)年3月15日から「芝」

現町名:港区西新橋一丁目1、4~6番

概要:715(霊亀元)年から中世まで、付近一帯が「桜田郷」と呼ばれており、桜木は8,000余本を数えたという。1181(治承5)年、渋谷庄司重国が、霞山(現在の霞ヶ関)に霞山稲荷「桜田神社」を建立、後に太田道灌が1470(文明2)年にこれを新しく造営した。江戸時代に入り、幕府は霞山稲荷を1602(慶長7)年、赤坂溜池に移し、さらに1624(寛永元)年、麻布桜田町(現在の西麻布)に移された。このような歴史背景から、江戸時代には、桜田七ヶ町としてこの一帯の町名に、桜田備前町桜田太左衛門町桜田久保町等と「桜田」を冠せられた。1794(寛政6)年、類焼。当地は火除地となり、兼房町を加えた八ヶ町は南隣に移転した。

もとは大的場と馬場。文政6年厩が設けられ、維新後は一時、菜園となっていた。芝新銭座町芝金杉川口町芝湊町の住民を移して1872(明治5)年に起立(府志料、案内)。町名は桜田の地に新しくできた町の意であろう。同年の戸数79・人口282(府志料)。物産には籐細工、下駄があった。

1878(明治11)年11月2日、東京府芝区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市芝区に所属。1908(明治41)年の世帯数219・人口916(市勢調査)。明治期は小商店住宅が入り混じっていたが、昭和初期前後から外堀埋立地(現在の西新橋一丁目1番)を編入し、都心のビジネス街的な町況を強めていった。

1932(昭和7)年、帝都復興計画の一環により、一部が田村町一丁目に編入。戦前の世帯数320・人口約2,000。1943(昭和18)年7月1日、東京都芝区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。

1957(昭和32)年12月1日、残余が芝田村町一丁目に編入となり消滅。町名が変われど、桜田郷の鎮守である桜田神社を氏神様としている。現行の西新橋一丁目1、4~6番のうち。

撮影場所:新桜田町

撮影地:港区西新橋一丁目6番21号(NBF虎ノ門ビル りそな銀行虎ノ門支店)

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