【芝①098】白金今里町
町番号:芝①098
町名:白金今里町
読み方:しろかねいまざとちょう Shirokane-Imazatochō
区分:町丁
起立:1891(明治24)年3月
廃止:1968(昭和43)年12月31日
冠称:「白金」、さらに1947(昭和22)年3月15日から「芝」
現町名:港区白金台一丁目1~5番、二丁目1~5、12~17番、三丁目の一部
概要:江戸期から1879(明治12)年までは今里村。荏原郡麻布領のうち、幕府領。『新編武蔵』に「元禄八年織田越前守が検地せしとき、始めて白金村より分れしならんと云り、或は延宝三年の頃新墾して別に一村となれりと云」と見える。『元禄郷帳』の村高は378石余、『天保郷帳』『旧高旧領』では331石余。耕地の大半が畑地、化政期(1804~1830年)の戸数37(新編武蔵)。村の西北は小名「長者丸」と称す。寺院は1674(延宝2)年の創建になる臨済宗興禅寺(新編武蔵)。白金村には入会地が多く、境界は不確定。
前身の今里村として、明治元年11月5日(1868年12月18日)、東京府に所属。1872(明治5)年の戸数72・人口280(府志料)。
1879(明治12)年、芝区白金上三光町、白金下三光町、白金錦町と荏原郡今里村が合併して東京府荏原郡白金村が成立。当地は白金村字今里となる。しかしその12年後の1891(明治24)年3月には、字今里(増上寺下屋敷の部分を除く)と字玉縄を併せ、白金今里町が起立。町内には海軍基地、明治学院、日蓮宗最正山覚林寺の他は明治末期から別荘的な大邸宅地となっていた。1908(明治41)年の世帯数139・人口758、1925(大正14)年の世帯数492・人口2,460。1943(昭和18)年7月1日、東京都芝区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。
1969(昭和44)年1月1日、住居表示の実施により、白金台一丁目1~5番、二丁目1~5、12~17番、三丁目の一部に編入となり消滅。
撮影場所:白金今里町