【麻布①019】麻布材木町
町番号:麻布①019
町名:麻布材木町
読み方:あざぶざいもくちょう Azabu-Zaimokuchō
区分:町丁
起立:1869(明治2)年
廃止:1967(昭和42)年6月30日
冠称:1869(明治2)年までは「麻布龍土」、1911(明治44)年5月1日~1947(昭和22)年3月14日を除き「麻布」
現町名:港区西麻布一丁目、六本木六・七丁目
概要:江戸期には龍土町の一部であったが、材木商が集住したことでその後、麻布龍土材木町として独立したといわれる(備考)が、文献が類焼したため詳細は不明。深川木場の成立以前には城西のこの地に木材流通の拠点があったかと考えられる。
1713(正徳3)年、町奉行支配となり、代官との両支配となる。1828(文政11)年の家数40軒、うち家持4・家主9・店借27(町方書上)。現行の六本木六丁目2番西端、3番東半、六本木七丁目15番14号先、10・18号先の路上辺り。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、「龍土」を省略して「麻布材木町」と改称。1872(明治5)年に長門府中藩抱屋敷・三河奥殿藩上屋敷・出羽長瀞藩中屋敷の一部と西丸御書院与力同心大縄地・大御番与力同心大縄地・その他武家地を合併した。現行の六本木六丁目1番西半・2・3番東半・4番東北部・5番北部・6番北部、六本木七丁目15番西部・17番南の大部・18番東の大部であった。同年の戸数82・人口373、物産に足袋があった(府志料)。
1878(明治11)年11月2日、東京府麻布区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市麻布区に所属。1908(明治41)年の世帯224・人口1,091。1914(大正3)年に市電が開通し、町の西端に材木町停留所ができ、電車通りに面して商店ができた。1935(昭和10)年の世帯241・人口1,379。1943(昭和18)年7月1日、東京都麻布区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。
1967(昭和42)年1月1日、住居表示の実施により、現行の西麻布一丁目に(一部が六本木に変更)、同年7月1日には六本木六・七丁目に編入(一部が西麻布に変更)となり消滅。
撮影場所:麻布材木町