ヴァイオリニスト 谷本華子さんへのインタビュー
「シュタフィル室内楽シリーズ Vol.6」(2022年4月17日)の公演日が目前に迫ってきました。今回は、この公演にご出演いただくヴァイオリニストの谷本華子さんへのインタビューをお届けいたします。本公演の聴きどころから、最近の谷本さんご自身のご活動のお話にいたるまで、大変興味深いお話を伺うことができました。
2022年3月31日 Zoomでのビデオ通話インタビュー
インタビュアー:今泉洋(シュタフィル広報担当)、関桃代(シュタフィル団員・ヴィオラ)
ーーー今回「シュタフィル室内楽シリーズ」にご出演いただくことになった経緯を教えていただけますでしょうか?
6年ほど前から「Music Dialogue」(※)に参加し、大山平一郎先生たちと室内楽を演奏するようになりました。そうした中で阿曽沼さん(当団常任指揮者)や関さんとも知り合ったわけですが、今回はたしか阿曽沼さんから、「シュタフィルのメンバーと一緒に室内楽を演奏してほしい」という依頼をいただいたのかな…シュタフィルっていったいどういう団体なんだろう?と思って、ガンガン検索していました(笑)
※一般社団法人Music Dialogue:指揮者・ヴィオリストの大山平一郎氏の呼びかけにより設立された、室内楽振興推進団体。常任指揮者の阿曽沼をはじめ、シュタフィル団員の一部も運営に携わっている。
ーーー今回の公演では、谷本さんのみが専業の演奏家で、他の奏者は本業が別にある方々です。このような形で、アマチュア奏者と共演するという機会はこれまでにもおありでしたか?
普段はプロの奏者と演奏することがほぼ全てです。ですから今回は難しさも多々感じています。それは、技量がどう…とかそういうことではなくて、伝え方に関してです。私たちプロ奏者が当たり前のように使っている言葉やアインザッツも、常に仕事として取り組んでいる奏者でないとおそらくわからないと思うんですね。こういったことを、どうすれば共演者に伝えられるだろうか…というのが今回の私の課題でもあり、貴重な経験になっています。
ーーー具体的にはどういった事柄について、伝えることに苦労されていますか?
「気配」を伝えることでしょうか。音楽って「気配」で成り立っているんですよね。演奏って、「ここはこうしましょう!」って事前に取り決めたとおりにできるものでもなくて、奏者みんなの気持ち、会場、気温なんかによって大きく影響されますから。
その点プロの奏者同士だと、「気配」だけで次のテンポを示したりできるんですが、これはアマチュアの方にとってはわかりにくいと思うんですね。だからといって、あからさまに動きで示してしまうと、それはそれで音楽が違う方向に行ってしまうので、これには難しさを感じています。
ーーーその他に、アマチュア奏者が抱えがちな課題はありますでしょうか?
あとは、みなさんどうしても自分の楽譜に目が行きがちだと思うんですよね。四重奏だったら4人の会話で成り立っているわけです。日常会話と同様、音楽の場合も「相手の音を聴く」というのが重要です。
これはプロの私たちにとっても課題ですが、室内楽をやる上で、どうしても自分のことが気になってしまって、「自分の音:周りの音=7:3」の割合でしか聴けていない、という状況になりがちです。本当は、「自分の音:周りの音=1:9」というつもりでなければ、自分の音量や音質の立ち位置は作れないんですよね。
ーーー今回の「シュタフィル室内楽」の合わせの雰囲気はどんな感じでしょうか?
合わせは、基本的に楽しくないとダメなんですよね。ダメ出ししようと思えばそりゃいくらでも言うべきことはあるんですけれども(笑)、その結果私以外の奏者たちが萎縮してしまったら成り立たないんです。やはり皆さんの意見やアイディア、自発性を尊重して、とにかく「楽しい!」と思って弾いてもらわないと、いい音楽はできないと思っています。
ですので、合わせはすごく楽しい雰囲気でやっています。なんだかずっと笑ってますよね(笑)
↑「シュタフィル室内楽」の合わせの様子
ーーー今回演奏される曲目について伺います。ボッケリーニとハイドンはともに、「古典派」の中でもやや古いほうに分類される作曲家だと思いますが、演奏する上で意識されていることはありますか?
古典派を弾くときに一番気をつけるのは、和声進行とフレージングですね。たとえばロマン派の場合は感情表現が求められるので、ヴィブラートをつけて、感情の起伏を「音」で表しますよね。
一方で今回演奏するような古典派、あるいはバロックの場合、感情表現やヴィブラートなんてのはいらなくて、じゃあ何をもって表現するかと言ったら、和声進行なんですね。シンプルな気持ちで楽譜に向き合い、「ここはカデンツでいったん終わっているね」、「ここから○長調に転調しているから、こういう音色が必要だね」といった形で、楽譜をしっかり把握することが重要です。
ーーーハイドンの特徴はどんなところにあると思われますか?
ハイドンは、モーツァルトよりもある意味難しい、わかりにくいと思っています。「この2小節はいったいどうとらえたらいいの!?」、というような部分がふいに現れたりします。それがハイドンの特徴なのかもしれませんが、いろんな「玉手箱」がしかけてありますよね。圧倒的におもしろい作曲家だと思います。
ーーー 一方、今回演奏されるボッケリーニの作品(弦楽五重奏 ホ長調 Op.13 No.5)についてはいかがでしょうか?
この作品は、「チェロの曲」という印象です。ボッケリーニ自身がチェリストだったということもあって、とにかくチェロの見せ場が多い。私なんかは完全に外野に回っています。今回のチェリスト(村山奈津子さん、松岡宏樹さん)はお二人とも素晴らしい技術を持っているので、もう何も言うことはありません。素敵なソロの部分がたくさんあるので、その点にぜひご注目いただきたいと思います。
ーーー谷本さんご自身の活動についてもお伺いします。「HANAちゃんの会」という公式ファンクラブをお持ちですが、これはどういった経緯で立ち上げられたのでしょうか?
いつもお世話になっているコンサート会場の方から「ファンクラブを作ってみては?」とご提案いただいたので、お客さんが増えたらいいなという思いもあって立ち上げました。ようやく最近、初めてのファンミーティング「HANAちゃんの会vol.1」が終わったところです。
ファンミーティングでは、普通のコンサートではお見せできない部分を見てもらいたいと考えています。そこで先日のミーティングでは、前半はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を、ピアノ伴奏とともに聴いていただきました。ヴァイオリン協奏曲ってなかなか間近では聴けないじゃないですか?
そして後半は、私の生まれた頃からの写真をスライドでお見せしたあと、Q&Aコーナーをやりました。みなさんからの質問は、音楽に関することとプライベートに関することが半々ぐらいで、「皆さんはこんなことに興味がおありなのか!」と知れる機会になりました。
ーーー昨年ファーストアルバムとして、バッハの無伴奏作品集のCD をリリースされました。率直に申し上げて、すでに何枚もCDをお出しになっているようなイメージがありました。なぜこのタイミングで、ファーストアルバムをお出しになったのでしょうか?
もともと私は、「CDは出さない!」と公言していました。演奏ってどんどん進化するものだと思っているので、きのうの演奏を今日聴くことすらすごく嫌なんですよね。録音したものが一生残ると思うとゾッとします。そう思って、ずっとCDは出さずにいました。
しかし年齢を重ねてきて、「後世に何を残せるだろうか」、「これまでにやってきたことを自分自身に対してどれだけ認めてあげられるだろうか」といったことを考える余裕が出てきたんですね。
そんなタイミングでコロナ禍により本当に暇になってしまい、一人でできることをやろうということで、本番で演奏するあてもないまま、バッハやイザイの無伴奏の作品を練習していたんですね。そんなときに、「バッハの無伴奏作品集のコンサートをやって、その上で録音もしてみませんか?」という依頼をいただいたので、重い腰を上げたという次第です。
↑かつては酒豪として知られ、「ザルどころかワクとまで言われていた」とのこと
ーーー今回ご出演いただいているような室内楽の公演は、「渋い」ジャンルだと見なされがちです。室内楽をさらに普及させるための課題は、どういった点にあると思われますか?
室内楽にはオーケストラやソロのような華やかさがなく、最も地味に見える分野ではあると思います。それに加えて室内楽公演の場合、「有名な作品をその場でサクッと合わせて、すぐ本番!」、ということが多いのですが、それではお客さんの心に残らないんじゃないでしょうか。大事なのは、奏者が本気で取り組むこと。それができればお客さんの心をつかみ、リピーターになっていただけるのではないかと思います。
例えば ZAZAカルテット の場合、1週間まるまる、朝から晩までみっちり合わせをして音楽を作り込み、食事も一緒に摂ります。それでも時間が足りないと感じるほどです。そこまでしないと、作曲家が本当に表現したかったものを表現できないし、奏者がお互いのクセをつかむこともできません。こうした取り組みがもっとできればいいのですが、時間的にも経済的にもなかなか難しいですよね…。
とにかく、室内楽をより普及させるためには「おもしろいことをする!」ということが重要です。一般に知られていない曲でもおもしろいものはたくさんあると思っています!
谷本華子さん公式ウェブサイト:http://hanakotanimoto.com/
谷本さんも出演される「シュタフィル室内楽シリーズ Vol.6」についての詳細情報はこちら!