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うそつきは泥棒のはじまりだ。

2022.04.02 14:29

嘘つきは泥棒のはじまりだ。

私は、たくさんの人の気持ちを泥棒したんだな、と思った。



ちゃんとしなくちゃ、の、"ちゃんと"、の基準が、自分の中に見当たらない。

他人や世間の中に答えを求め、闇雲に探っては、さらにわからなくなり、狼狽してばかり。

そんな1ヶ月半。

お仕事を始めて、3ヶ月。

環境の変化などの精神的ストレスは3ヶ月程遅れてくるというし、新しく"春バテ"なんていう言葉も聞くので、その部類なのかもしれない。

久しぶりに、脳みその皮を剥かれた感覚を覚えた。

空気が触れるだけで、すごく痛いあれだ。

NOと言えない自分がまた頭をもたげて身体支配きて、中学時代にカウンセラーの先生から言われた言葉を思い出す。

「NOじゃなくても、NOって言いなさい。あなた、いまから練習しておかないと、後々、大変なことになるわよ。」


去年の秋くらいから怖い物なしだった。

その自分が、すこしずつ、すこしずつ、まるで角砂糖がコーヒーの液体を吸い込んで崩れていくかのように、足元から、ひとつずつ、沈んでいく。

小学生の頃から感じていた、

「どうしよう。」

という、漠然とした不安感。

人の目や気持ちが、たとえそれが優しさや好意であっても、ヒリヒリと痛くて、こわい。

私はそれに耐え得る素質があるのか。

そうでなければ、どう罰を受ければよいのか。

昔々から抱えていた、罰を受けなければ、という漠然とした焦りの正体が、ほんのすこし見えた。

ただ、いまの自分には対処する気力も、判断する余裕も、ない。

後ろ向きなこと、恐怖心や失敗は、頭に浮かべず、無視することで自分の中に存在させずに消失させていけるし、また逆もしかり、という原則がわかっていながら、これがどうして。

なにもかもに、自信がない。

自己肯定が、できない。

気を抜くと、ごめんなさい、すみません、で頭がいっぱいになる。

末期の頃よりは軽度だが、その方向に向かっていることは明白だった。

心の揺らぎは天気同様日々変わるが、もっと根本的な恐怖心に関しては、システムを改善しなければ悪化してしまう。

生活リズムや食の乱れも、大きく関係しているのだろう。

ただただ、黙々と眠ることにして時間をやり過ごした。

眠気がまったくなくなっても、布団にくるまって目を閉じる。

自分が大きな蛹になったような心地がした。


ちょっと背伸びをすればできる事柄を、一度にたくさん請け負い過ぎてしまった。

まずは、あたらしい事柄にNOと返した。

今ある、負担となってしまった事柄を、ひとつずつあきらめることにした。

今更引っ込みがつかないし、ここまできて申し訳ないからという気持ちでがんじがらめのまま、重たい歩みを進めてしまっていた。

暴動を続ける某国の主のようだ、と思った。

そこに自分の本意があるのかと自問するたびに、誰かの為だから、という言い訳が浮かんできた。

誰かの為だと言いながら、誰かの所為にしている自分が、心底気持ち悪かった。


私は嘘をつくのがとてもうまい。

大丈夫です、と笑うのがうまい。

つらいときに大丈夫ですと笑うのは、嘘つきだ。

周りはみんな自分の嘘に騙された人々だというのに、

「気付いて欲しかった。」

なんて、被害者のような感覚を抱いたりする。

オオカミ少年の童話を思い出した。

人間万事塞翁が馬。

すべてがよくない方へ覆っていく感覚。

歯車が、はまらないまま滑り続けて、心が削れていく。

生きていてよいのかわからないと思ったとき、

「これは病気のしわざかもしれないな。」

と初めて思った。

心療内科にかかるべきかと検索してみたが、まずはこの2年程で得た方法を用いて対処してみようと思った。

昨日、あきらめよう、と決断してからは、すこし心が楽になれた。




一昨日、お店の宣伝のために看板横に立っていた。

突然大雨が降って、目の前の信号は一瞬で水浸しに。

暖かで春らしい日だったが、気温がじわじわと下がっていくのがわかった。

あわてて駅へと走る人々を眺めながら、コートのジッパーをしめる。

外に立っていた同じビルのスタッフさんが、

「好きじゃなかったらごめんね。」

と、ホットの缶コーヒーを買ってきて下さった。

一回もお話したことがないので面食らい、小さい声で、ありがとうございますと返した。

微糖の缶コーヒーを両手で包んで、なんだかすごく嬉しい気持ちになった。

人の優しさで、心は息を吹き返すのか、と改めて思った。

缶コーヒーを手にニヤニヤしていたら、通り掛かりの方が声を掛けて下さり、そのままお店にご案内した。

喜びは連鎖するのだ、と、何度目かの気付きに心が緩んだ。

取り越し苦労の嘘つきは、なるべくしないでいたいと思った。

その方が、ちゃんとめぐるし、きちんとひらけていく。

原因は数多に及ぶし、決めつければ澱んでいくだけだから、あまりこねくりまわさずに、忘れちゃうくらいが丁度良い。

昨日の服が、今日しっくりくるとは限らない。

嘘つきは、なるべくしないでいこうと思う。

昨日お客様から戴いた猫ちゃんケーキ。

お誕生日の先輩に買ってきて下さった。

私も便乗して、おひとつ。

かわいいし、とっても美味しかった。

お祝いの輪に加えてもらえて、すごく嬉しかった。

四六時中寝続けているような私でも、世界とつながれているのかもしれないと感じて、嬉しかった。

今日のライブで注文したケサディア。

戸塚LOPOは初めて出演するライブハウスで、対バンも初めましての方ばかりだからと緊張し、黒ラベルロング缶を手にリハへ向かった。

いざ始まってみれば、以前共演させて戴いた方や、私を知っていてくれた方も多くいた。

観に来て下さった方もいた。

またすこし、心のポンプが息を吹き返した。

私はとても、考えすぎる節がある。

ビールを呑んで、ぺろんぺろんくらいが、ちょうどいい。


やっぱり、不安とかこわいことより、しあわせのほうが喜ばしい。

無理矢理じゃなくて、すこしずつ。

それがたとえば、誰かをガッカリさせてしまっても。

たぶん、一生繰り返すんだろう。

だけれど。

だからこそ。

今一度、私を見誤るのはおしまいにしよう。

ありがとう。

おやすみなさい。