【赤坂①012】赤坂新坂町
町番号:赤坂①012
町名:赤坂新坂町
読み方:あかさかしんざかまち又はあかさかしんさかまち Akasaka-Shinzakamachi or Akasaka-Shinsakamachi
区分:町丁
起立:1872(明治5)年
廃止:1966(昭和41)年9月30日
冠称:1911(明治44)年5月1日~1947(昭和22)年3月14日を除き「赤坂」
現町名:港区赤坂八丁目2・3、5~12番、南青山一丁目25番
概要:古くは麻布今井村に所属。1590(天正18)年になると町域の北部は青山忠成が徳川家康より賜った屋敷地の一部となり、南部には岡部氏の下屋敷があった。その後も居住者は代わったが、町域の大部分は武家屋敷として存続し、僅かに南東隅に町屋があった。
1872(明治5)年、武家地、麻布今井町の一部(1869(明治2)年に起立した一ツ木町飛地を含む)を合併して起立。町名は隣接する赤坂台町との境にあった新坂に因んだ(府志料)。同年の戸数33・人口160(府志料)。
1878(明治11)年11月2日、東京府赤坂区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市赤坂区に所属。1911(明治44)年の世帯数245・人口1,121。町内の東南部は谷地で「今井谷」と呼ばれ、元禄8年まで沼沢であったので、「西大沢」、「疱瘡店」等の俗称があった。その他は高台で明治には名士の邸宅街となり、乃木大将邸があった。1943(昭和18)年7月1日、東京都赤坂区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。
住居表示の実施により、1966(昭和41)年7月1日に赤坂八丁目に、次いで10月1日に南青山一丁目に編入となり消滅。現行の赤坂八丁目2・3、5~12番、南青山一丁目25番。
※読み方は、『角川日本地名大辞典』では「ざか」、『港区旧新町名対照表』では「さか」とある。
撮影場所:赤坂新坂町