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江戸町巡り

【赤坂①023】青山高樹町

2017.12.05 15:41

町番号:赤坂①023

町名:青山高樹町

読み方:あおやまたかぎちょう Aoyama-Takagichō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1966(昭和41)年12月31日

冠称:「青山」、さらに1911(明治44)年5月1日~1947(昭和22)年3月14日を除き「赤坂」

現町名:港区南青山六・七丁目、西麻布二丁目

概要:1872(明治5)年、江戸時代の河内丹南藩高木邸とその他の武家地(俗称「高木甼」、「主水丁」)を合併して起立。町の名称は、高木氏の苗字を採り、「木」を「樹」に替えたものである。同年の戸数6・人口23(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府赤坂区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市赤坂区に所属。1943(昭和18)年7月1日、東京都赤坂区に所属。大東亜戦争中、資源調査を目的とする研究機関・資源科学研究所が置かれていたが、研究所の施設建物は1945(昭和20)年5月、アメリカ軍による東京大空襲(山の手大空襲)の被害を受けて周辺一帯と共に焼失し、敗戦後には新宿・百人町に移転した。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。町域は、現在の骨董通りの東側半分の周囲から六本木通り周辺にかかり、現在では幹線通り沿いがブティックやオフィスビル、路地には高級マンションや邸宅が並んでいる。

住居表示の実施により、1966(昭和41)年10月1日に南青山六・七丁目(一部は西麻布に変更)に、残余も1967(昭和42)年1月1日には西麻布二丁目(一部は南青山に変更)に編入となり消滅。首都高速道路3号渋谷線のランプ名、交差点に名は残されている。

撮影場所:青山高樹町

撮影地:港区南青山六丁目13番18号(南青山ロータリーマンション)

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