No.634「葉物いろいろ」「新年度を迎えて」「屏風岩の山桜」「青菜簡単レシピ」
2022.04.02.No.634
「 葉物いろいろ 」
なな.
春になると冬の間になかった葉物野菜がたくさん出てきます。今ある葉物はこの4種類。小松菜も薹(とう)が立ちはじめ、伸びた茎の先のやわらかいところが送られてきます。どの葉物も小さなつぼみを持っていることが多く春を感じます。
かき菜
かき菜とは成長中の植物の若芽を掻き取って食用とする事から名付いたものアブラナ属の植物が延ばす花芽は、古くから春先の野菜として重用されてきた。3~4月の旬にしか出回らない伝統野菜ならではの特徴を持つほか、栄養価(ビタミンやミネラル)は最近のF1ホウレンソウやコマツナを上回る。お浸しなど、茹でて供されることが多い。食味は、歯ごたえのほか苦みと甘みと併せ持つうま味と、はなやかな香り、鮮やかな緑色が愛されている。野菜としては足が早く、収穫・購入から数日で使い切るか、下ごしらえする必要がある。
あぶらな
アブラナ(油菜)は、アブラナ科アブラナ属の二年生植物。古くから野菜として、また油を採るため栽培されてきた作物で、別名としてナノハナ(菜の花)、ナタネ(菜種は正式な作物名である)などがある。植物油の原料として栽培されているのは、ほとんどが別種のセイヨウアブラナであり、在来種のアブラナは野菜として生産され、開花前に収穫される。
出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
「 新年度を迎えて 」
高 志
少し早く満開となった桜は、すでに南からの強風にあおられて、散り始めているものも見受けられた。同じ通りにありながら、その30mほど先に鎮座する桜は、遠目から見ると3割がた散ってしまったのではと思わされたのだが、近くで見てみるとまだ膨らみ切っていない蕾が残っており、これから満開を迎えるようであった。
先日、樹木医の方が『昔は九州から近畿、四国、東海と順に咲き出し、それから首都圏へと続いたものだが、最近は環境の変化で首都圏が最初に咲くようになった』と寂しげに語られていた。
古いラ・ラビアータを読み返しても、この時期は南関東、北関東、それから東北と徐々に北上するので、お水採りに向かいながら1ヶ月はお花見を楽しめると言うようなことを自分で記していた。それが、樹木医の方の指摘通り、最近では南関東、北関東とも一気に咲き出してしまうので、お花見期間が短くなってしまい残念で仕方が無い。
それともう一つ、今年の桜は何だか満開になっても元気がないというか、隙間なくびっしりと淡い桃色に埋め尽くされていない感じがして、果たしてこれが満開なのだろうかと見直してしまうことが何度かあった。
そんな思いを樹木医の方に伝えた訳では無いのだが、首都圏の桜が弱ってきていると解説してくれていた。その方は、病気という言葉を使って表現されていたが、桜の満開時に、はちきれんばかりに花が咲かなくなり、花と花の間に隙間が見られるようになってきているのだそうだ。
ひどいものになると、花は咲いていてもその枝を軽くつまんだだけで、もろくも砕け散ってしまうものまであるほどだった。
桜と言えば、首都圏に住んでいると、入学式など新たな門出にふさわしいと思いがちだが、地域によっては卒業式やお別れのとき、すなわち旅立ちの際にふさわしいと思われるところもあるようだ。水の里に至っては、4月下旬ころに満開を迎えるので、そのどちらとも関係無いのだが、新年度が始まり新たな生活に馴れだした頃に愛でる桜も、それはそれで味わい深い。
新年度を迎える前に、末っ子の進は4月から通う高校の野球部の練習に、一足早く参加している。まだ本格的な練習というよりは、体づくり中心のトレーニングなのだそうだが、夕飯を食べ終えるとそのまま眠りに落ちてしまうほどだから、やはり高校の練習は中学のクラブチームの練習よりもキツイようだ。これからの2年半、どんな成長を遂げてくれるか楽しみだ。
この4月から、いつもにも増して色々なことが変わる様だ。それに加えて、ウクライナで行われている戦争もあり、物価の高騰が生活に大きく影響を与えそうで、未だ収束を見ない新型コロナ問題もあって、何とも不穏な新年度の幕開けとなっている。それでも、良く言えば何かと適応してしまう我が日本人は、どうにかやり過ごしてしまうのだろう。
春の陽射しに照らされながら、水の里でお水採りをしていると、そんな世の中の情勢など全く感じられず、長かった厳しい冬から春へと変わりつつあることに喜びしか感じられない。道路からは雪もすっかり消えて、山肌や日当りの悪い場所に雪が残るだけとなり、いよいよ山菜の季節も始まろうとしている。
世の中の現象はまるでラジオ番組みたいなものだという人もいる。様々な番組がある中で、自分がどこにチューニングするかで、自分の人生が変わってくる。それを選ぶのは自分でしかない。希望に満ちた明るい未来を選ぶのか、それとも明日何が起こるかわからない不安定な情勢を憂いて嘆く人生を選ぶのか、それこそは個々人の問題だ。
雪が消え、その下から小さな葉わさびの葉が、春の陽射しに光輝く姿を見る限り、そこには明るい希望しか感じられない。
「 屏風岩の山桜 」
上田 隆
睡眠の質が悪い。夜中になると、眠たくてたまらない。そして寝床に入ると、すぐに入眠する。いつ、寝入ったか、なんてまったく記憶にない。だが、一・二時間すると目が覚める。そして、それからは眠れない。悶々として時を過ごす。老年なんて、そんなもんだ、みんなが言うけどね。明るくなるころに、疲れていつしか朝寝している。そしてこんな夢を見た。
10年ほど前に、曽爾村の友人に誘われて、屏風岩の山桜を見に行った。屏風岩のある一帯、大昔は室生火山群だった。約1500万年前の火山活動によって出来た山々が連なる。火山から流れ出た溶岩が、ゆっくり冷え固まって、規則正しい柱のような割れ目になり、それを柱状節理と言う。山肌に屏風のように、柱状の岩が連なる奇観になっている。その柱状節理の岩の下の古木の山桜を楽しもうと言うのだ。もちろん宴会でね。みんなは宴会場の設えのため、速足で歩いていく。足の遅い私は自分のペースで歩いていた。10メートルほど前を葉月が歩いている。友だちの娘、高校生になっていた。彼女はときどき振り返って私を見る。ずっと10メートルほどの距離を保ちながら。
夢は実際にあったこととは違う現れ方をするものだが、振り返りながら歩く夢の中の葉月は10年前と一緒だった。
その日の午後、京都の薫さんからメール着信。
『久しぶり お元気ですか、寒かった冬が終わりそうで気分が上がる期待してるんだけど、ハメさん(薫さんの亭主)はほとんど何もしないので歩けなくなってきてます。どうなる事やら、考えないようにしています』
ハメさんも私も足の病気の後遺症を持っている。ハメさんは私よりずいぶんと重い。
どう、返事したらいいのだろう。分からないまま半日が過ぎた。追われるような気持になって、こんな返信をした。
『そうですか。ハメさんも私も不自由になるのは人より早い。分かっていたことですが、いざとなると愕然です。私も転倒で捻挫、などなど。他にも持病幾つか。 ハメさんの杖になってあげてください。お願いします』
こんな返事でよかったのだろうか。もっと書きようがあったのでは。考えがまとまらないまま、二日が過ぎた。
薫さんから小包が届いた。料理好きの薫さんが昆布の佃煮と漬物二種を送ってくれた。