世の終わりの為の四重奏曲 解説 11
夏田昌和さんによる素敵な解説もいよいよラストです。7、8楽章続けてどうぞ!
7)<時の終わりを告げる御使のための虹の錯綜>
古典のソナタ形式のように対照的な2つの主題を有する、楽曲中で最も複雑な構成をもつ楽章です。冒頭で、ピアノの伴奏を背景にチェロの高音によって提示される第1主題は、「移調の限られた旋法」第2番を用いて書かれた官能的な美しい旋律ですが、フレーズ毎に異なる長調(A-dur, Fis-dur, Es-dur)の印象の間を揺れ動きます。同時に複数の調性の雰囲気を持ち得る「移調の限られた旋法」の特性をメシアンは”調的偏在性”と表現していますが、その格好の例と言えましょう。続いて4楽器がフォルテで提示するリズミックな第2主題は、第2楽章の導入部より抽出されたもので、直前の第1主題と多くの点においてコントラストがつけられています。またこの部分を締めくくるピアノの和音の房も、第2楽章の中央部分より取られたものです。
この後、第1主題の3つの変奏と第2主題の2つの展開部が交替する形で曲は進みます。まず第1主題の第1変奏では、クラリネットの穏やかな対旋律とピアノの伴奏を伴って主題はヴァイオリンによって歌われます。続く第2主題の第1展開部では、第2主題に含まれる4つのリズム要素や和音の房を中心に展開が行われます。第1主題の第2変奏では、ピアノとヴァイオリンのアラベスク、チェロのコル・レーニョの重音を背景に、今度はクラリネットが主題を担当します。第2主題の第2展開部では、リズムが全て16分音符に変えられた第6楽章冒頭の旋律や、この楽章の第1主題の諸要素、更に第2楽章や第3楽章で盛んに登場したクラリネットのアルペジオ(鳥の囀り)などが、第2主題の展開に重ねられます。この部分には「世の終わりのための四重奏曲」の幾つもの楽章の素材が詰まっている訳で、正に”楽曲全体の展開部”といった様相を呈していると申せましょう。続いてなだれ込む第1主題の第3変奏はこの楽章のクライマックスで、ヴァイオリンとクラリネット、チェロの3楽器がユニゾンで、トリルを伴う最強奏で高らかに主題を歌い上げます。そして最後に第2主題が短く回想されてこの壮大な楽章は閉じられます。
タイトルにもある、黙示録の御使が頭上に戴く虹ですが、メシアンはこれを「平和と英知の、そして響き渡り光り輝くあらゆる振動の象徴」と形而上学的に解釈しています。
8)<イエスの不滅性への称賛>
重厚長大な<世の終わりのための四重奏曲>を締めくくるのは、ヴァイオリンとピアノの二重奏による2つ目の「イエスへの賛歌」で、内容的にも編成としてもチェロとピアノによる第5楽章と対を成すものです。この音楽は1930年に作曲されたオルガン作品<二枚折絵>の第2部からトランスクリプションされたもので、<世の終わり...>の主調に合わせて原曲より長3度上のホ音上に移調され、またオルガンの持続音はピアノによる心臓の鼓動を思わせる短長格リズムの和音の連打に置き換えられています。メシアンによればこの賛歌は「御言葉が肉体に宿り、我々にその生を伝えるために不滅の蘇りをなされた”人間=イエス”へと向けられたもの」だそうです。
第5楽章と同様の極端に遅いテンポ(ここでは♪=36!)と、ホ長調を基調とする柔らかな響きに包まれつつ、ヴァイオリンの歌は二度にわたってはるかな高みへと昇りつめてゆきます。メシアンの言を借りればそれは「人がその神へと向う、神の子がその父へと向う、あがめられた被造物が天国へと向う、上昇」に他なりません。旋律自体の美はもちろんですが、ピアノのハーモニーの精妙な変化がもたらす類い稀な美しさは、メシアンが、ラモーやクープラン、サン=サーンス、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル等を生んだフランス音楽の、伝統な継承者であることを我々に思い起こさせてくれます。