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Mowl's BMS Log

【Track Review】溥儀ゆら原子の力しきみmashana与作 - Caterpillar Song【BOF2010】

2022.04.07 17:35

 BM98時代に「チョウの標本」などといった革新的な作品を出した伝説的なBMS作家、愛新覚羅溥儀(現:Bitplane)氏がBOFという大舞台に初めて立ったのは2010年と比較的最近の事だった。BOFがまだ無かった2002年に氏が「最高傑作」と評していた「Egypt」を出して以降BMSから離れていたからである。

 氏が突如大々的な復帰を果たしたのは、BOF2010の少し前に発表された5鍵限定BMSパッケージ「plugout4 FINAL PHASE」での事。

 「海獣の子供」と名付けられたこの作品は抑圧的でありながらも、複雑で幻惑的なサウンドスケープが特徴的なダウンテンポ調の楽曲で、BM98時代の面影を残しながら、新たな氏の像を呈しているようなものだった。

 当時を知るプレイヤーは8年間もの時を経て見せられた「鬼才」の作品に、きっと度肝を抜かされたことだろう。

 今回の主題でもある「Caterpillar Song」は、そのように復帰して間もない頃の作品である。


 まず、この作品に触れて最初に感じるのはある種の奇天烈さである。

 そもそものモチーフがルイス・キャロルのかの有名な児童小説、『不思議の国のアリス』に基づいているのもあるかもしれないのだが、この作品は汲み取れる意味が一貫して得られず、なんとも不思議で滑稽で奇怪な、所謂ナンセンスな気分にさせられる。

 水の中で蠢く眼球や、パーツをそれぞれに解体されたアリス、マグカップに生えた木の枝にしがみつく「いもむし先生」。cyclia氏が制作した映像は、そのような気分の大きな誘発剤になり得ている。

 音楽に耳を澄ましてもまた幻惑的で、まさに「兎の穴に落ちた」ような、掴みどころのない感覚がする。

 鬱蒼とした雰囲気とナイフのような尖ったビートは、ジャンルの「TRIP HOP」が表す通りであるが、「チョウの標本」や「Egypt」などでも見られたような現代音楽的な効果音、複雑で壮大なアンビエンス、可愛らしくもどこか朧げで翳りを感じさせられる葉月ゆら氏の歌声、「いもむし先生」を基調としたナンセンスな歌詞など、様々な要素が複雑に折り重なって、まるで迷路に迷い込んだかのような情調がにじみでている。


 次に、この作品に対して覚えるのはある種の中毒性。

 この作品は一つのモチーフを基調としている作品で、曲中にも大きく展開することはしない。そのために印象を簡単に植え付けられ、覚えやすく、それっぽく言えばキャッチーだと思う。

 前の方で「掴みどころがない」とのように書いたのだが、それは醸し出されている雰囲気から掴みどころがないように感じるだけで、実際にはこの作品は確かに音楽的に「掴みやすい」作品で、そういった相反した部分においても、この作品の一種の不思議さを感じさせられる。

 また、油断をさせない、適度の緊張感を持った楽曲展開もこの作品が中毒性を持つ所以の一つとして挙げられるだろう。最初こそオルゴールの音が印象的で、静かな印象を受けるが、段々と複雑さが増していくと同時に壮大になっていき、終盤にはインダストリアル的な電子音がビートと絡み合い、強烈になっていく。

 そして、そのまま余韻を残した状態で突如終わると言った展開は、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」を個人的に彷彿とさせられる。


 もう一つ、この作品を語る上で影響力と言う面も欠かせないだろう。

 同氏の「チョウの標本」程では無いが、この作品はどちらかと言えばオーバーグラウンド志向よりもアンダーグラウンド志向の作家に多大な影響を与えているのは確かで、発表されてからおおよそ12年もの間、後発のトリップ・ホップのみならずダウンテンポ、もしかしたらそれ以外のBMS作品にもこの作品の影響は及んでいると感じている。

 それでいてもなお、この作品のある種のシックな感覚や仄かな不気味さは未だに他作品と引けを取っておらず、今後においても似たような情感を想起させられ、なおかつこの作品の印象を越している作品というのも中々出ないのではないかと思う。


 で、肝心の譜面はというと、スクラッチが曲と非常に心地よく絡んでおり、純粋な良譜面。高難易度譜面を遊びたいプレイヤーからしてみればやや物足りないものなのかもしれないが、個人的には高難易度譜面を同梱しているかどうかで作品の質が左右されることは無いと感じている上に、このくらいにまとまっている方がこの作品のスタイリッシュさが際立っていて良いとも感じる。ミスレイヤーは少し気になる所ではあるが。


 復帰後二作目にして、キャリア初のBOFという事でかなりの話題性があったのは確からしく、この作品は個人スコア部門にて278作品中8位、同じくアベレージ部門では5位と、結果が振るった。

 作品が独創的で、優れているかどうかという問いに対しての答えに、大会上での結果を用意する行為は必ずしも正解であると言えないのは確かであるが、この作品の場合は結果とその独創性と完成度が見合っているために、大いにそれが適用出来るのではないかと個人的に考えている。


 この作品が他の音楽ゲームに収録されることについては喜ばしい事ではあるのだが、同時に複雑な気持ちにもさせられる。

 元々2012年に同氏が発表した「Alice's Adventures in Wonderland」のための作品であることは当時の会場のコメントから理解しているのだが、それでもBMSの作品であったことには変わりないと思うため、この作品を機にBMSのアンダーグラウンド・シーンにも関心を持ってくれる人が増えてくれればと思う。


 以上で、この作品に10点満点中9点、また、現在に至ってもその優れた出来に納得できる作品であるとして、「CLASSIC」の評価を与える。