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Botanical Muse

赤い糸、結びます

2017.12.15 08:15

「わがままなようですが、恋愛の相談にのってください」平成版ふわふわ系美女のAちゃんは言った。

Jにかなり心惹かれている様子だ。止まらぬ恋心。夢にもでてくるそうだ。

そうかあ、ついに美しさだけでなく、恋愛についても、いろいろとレクチャーを求められる私なのね。やっぱりAちゃんぐらい賢い女性になると、私の良さがすぐがわかるのね。このポジションを手に入れるまでにそれはそれは長い道のりだったわ(おい、おい)

「いいわよ。恋愛は昔さんざんしたから(ウソ)、今はもう相談役が似合っているわ」私はしたり顔で胸を張った。


頼まれると結構頑張る私。少しでもお役に立ちたいと心から思う。可愛い妹分の健気な想いをこの地に埋もらせてなるものか。止まらぬ老婆心。さっそく私はJの身元調査に取りかかったのである。調査の結果、ただ今Jはフリーのようだ。

″いい男″、それは主観の問題だ。主観の問題であるから、こちらの都合のいいことが起こってくれなくては困る。たいていの″いい男″は誰かの持ちものになっている。それだけでその男性は、大きな減点を強いられているのだ。


恋の手練れ者という″設定″で私はAちゃんのお宅を訪ねた。ニコニコ強めのフィリピン人のお手伝いさんがすぐにお茶を運んできてくれた。

Aちゃんの部屋で私たちはこそこそと作戦会議をした。私は恋の手練れ者の心をもって想像するのである。

しばらくすると、Jの言葉がどれほど胸にぐさっとつき刺さるか、Jの姿がどれほど極彩色の輝きを帯びているかをAちゃんはしっかりと前を見て目が潤むぐらい熱心に語りはじめた。


私は驚いた。ちょっと会わない間にAちゃんはますますキレイになっていたのだ。ほんのりピンクの水蜜桃のような頬に、長い長いまつ毛が深く濃い影をつくる。陶器のように白く、肌理細かい肌がスクリーンの役目をして、まばたきをするたびに影が一緒に揺れる。

これって女性美の極致ではなかろうか。私の目はAちゃんの横顔に引きつけられた。

女性はこんど彼氏ができたらああしよう、こうしようといろいろなことを考えている。すでにスケジュールができあがっているわけだ。片思いの間、女性は空想の中で忙しい。そして出来た時間をキレイになるために使う。こうした女心が少女のような可憐な儚さと女王様のようなゴージャスな色気が、いい感じに混ざり合っている女性を誕生させるのであろう。つまるところ、今モテる女の原点を見たのである。


「ところでさ、Aちゃんってほんとにイケメン好きよね」私はしみじみと言った。

「ホコリをかぶったような見た目で、これでロマンティックな雰囲気になれという方が無理ですよ。やっぱりルックスがよくなきゃ、最初からそういう気分になれないです」ときっぱり。これは大きな真実であろう。

シンデレラ願望がない女性なんて、私はまずいないと思う。私にも非日常、言いかえるとドラマが起こると信じていたのだ。

私の人生の横には、とうとうと流れる別の人生がある。

それはとても華やかでとてもドラマティックなの。それが手に触れられる近さにくるのよ。

傍に流れる川に触れるみたいにきらびやかな世界に触れてみたいと女性は考える。女性は男性よりもそれを受け入れる体力と余裕が十分にあるからであろう。


私はお手洗いをお借りした。どうしよう、ここの洗面台、あまりにも洒落てて勝手が分からない。

一体どうやって水を出すのだろうか。私は目を皿のようにして蛇口付近を見つめた。

「どこだ、どこだ」私はうわ言のように言う。うわ言は次第に歯ぎしりに変わった。焦る、なんてもんじゃない大慌てである。私はトチ狂ったように洗面室の至るところを触れた。気がつく、お手伝いさんが冷ややかな目で私をじっと見ているではないか。なんとなく距離をとられている。流れる気まずい静寂。

「ノープロブレム!」私は念を押すように言って、扉を閉めた。

こんなダサい姿を異国の人に見られたくないわ。日本の恥になるではないか。

恥の記憶はどうして前触れもなく、突如として人を襲うのだろうか。それにひきかえ、楽しい記憶の方はちょっとした努力が必要だったりするものだ。


私の歯ぎしりが天に届いたのか、突然蛇口から水があふれ出た。ふぅーっと胸をなでおろした私は、鏡に映る自分をみて「ギャーッ」と叫んだ。鏡の中に疲れ果てて、とっ散らかった髪の女がいる。おまけにブラウスの袖口から肌着が、かなりのボリュームでにょっきり顔をのぞかせている。何と言おうか、悲惨な状況である。若い人が乱れた髪にするのは、流行だろうと皆が好意的な解釈をしてくれる。しかし私のような大人世代の場合そうはいかない。ただのボサボサ髪。たちまち逃亡中の女サギ師みたいになってしまうから困る。

私は知った。人はハプニングに見舞われたときに、品格があるかどうか、問われるということをだ。が、このハプニングはただの前触れであり、この後大変な出来事が起こるとは誰が知ろう。


この後続きがあります。