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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

ウィーン体制32リヴィングストンのアフリカ探検

2022.04.09 11:46

1840年「アフリカ探検の父」と言われるディヴィッド・リヴィングストンが南アフリカに向かった。彼は宣教師で、最初は中国宣教を希望したが、アフリカへ行くことにした。彼がケープタウンから内陸部に向かったのは、アフリカ人の中で暮らしてその宣教拠点をつくるためである。

しかし宣教は困難で、その度に場所を変えることで探検になっていった。そしてアフリカでの奴隷狩りを見るにつけ、他の商品の交易ルートを見つければ奴隷はなくなると考えたのである。イギリスは奴隷貿易を禁止していたが、奴隷はアメリカに向かってどんどん送りこまれていた。

1855年、彼は巨大な滝を発見し、これを女王の名にちなんで「ヴィクトリア」と名付けた。イギリス人を少しでもこの地に関心をもってもらうためである。村人は最初は奴隷商人と思ったが、アフリカ人を差別しない彼の姿は親しまれ「ムナリ(トウモロコシ)」と呼ばれたという。

1856年に帰国した彼は探検家の英雄として讃えられたが、本人は「もっと大きなことが目的だ」と言った。だがロンドン宣教会からは除名された。彼はナイルの水源をたどるため第三次探検に出発するが、そこで亡くなった。彼の探検によってアフリカの奥地が知られ、さらに奴隷狩りが行われたのは皮肉としかいいようがない。