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江戸町巡り

【小石川①050】小日向水道町

2017.12.09 04:15

町番号:小石川①050

町名:小日向水道町

読み方:こびなたすいどうちょう Kobinata-Suidōchō

区分:町丁

起立:1656(明暦2)年

廃止:存続 「水道」として

冠称:「小日向」

現町名:文京区小日向一・二丁目、水道二丁目、音羽一丁目

概要:古くは豊島郡小日向村の田地。のち大部分が用地となったが、1656(明暦2)年に町屋が許され、町として上水役を務めていた。1672(寛文12)年から代官支配となり、1713(正徳3)年からは町奉行・代官両支配となる(備考)。南は江戸川(神田川)に面し、上流から江戸川橋、掃部橋、古川橋、石切橋が架かり、古川橋は粗朶を商う人々が集住していたので「麤朶橋」とも呼ばれた。また江戸川橋際には、切支丹宗門・火附・鉄砲の3枚の高札が立てられていた。町の中央を流れる神田上水以北は小日向台の先端にあたり、北へ登る坂に服部坂、大日坂があった。寛政期(1789~1801年)の勘定所御用達商人である豊島屋があった。また当町の米屋仁兵衛が1787(天明7)年、打毀にあったことが文部省資料館所蔵の吉田家文書に記されている。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年5月、小日向川添屋敷、小日向智願寺門前、小日向清光院門前、小日向龍興寺門前を合併。さらに1872(明治5)年8月、下総関宿藩久世氏邸と浄土宗安養山還国寺、天台宗覚王山妙足院等の寺地を合併。同年の戸数359・人口1,129(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府小石川区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市小石川区に所属。明治30年代の町内には牛肉商いろ松、書籍商開成館等があり、他に市立黒田尋常高等小学校があった。また当町は有島武郎、田山花袋の出生地。1943(昭和18)年7月1日、東京都小石川区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都文京区に所属。

住居表示の実施により、1966(昭和41)年4月1日に小日向一・二丁目、水道二丁目に、残余は1967(昭和42)年1月1日に音羽一丁目に編入となった。

※『角川日本地名大辞典』では「同(昭和)41年小日向1~2丁目・水道2丁目・音羽1丁目となる」とあるが、当町の一部が音羽一丁目に編入になったのは翌年元日である。

撮影場所:小日向水道町

撮影地:文京区小日向二丁目17番6号(天台宗覺王山妙足院)

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