【特集】制定20周年を迎える土壌汚染対策法①~環境省
◆制定20周年を迎える土壌汚染対策法◆
環境省水・大気環境局土壌環境課 前・課長 髙澤哲也(令和4年3月31日まで在籍)
1. 土対法制定の経緯、課題
市街地等の土壌汚染については、昭和50年代に六価クロム鉱さいによる土壌汚染問題が表面化するなど社会問題となってきました。また、地下水に関しても、トリクロロエチレン等の有機溶媒による地下水汚染が社会問題となるに伴い、水質汚濁防止法の改正が行われ、平成元年には有害物質の地下浸透規制が導入されました。
そのような状況の中で、土壌汚染については、平成3年に土壌の汚染に係る環境基準(土壌環境基準)が定められました。環境庁(当時)では土壌汚染の調査、除去等の措置の実施に関する指針を定め、その指針を踏まえた事業者等に対する地方公共団体の行政指導によって土壌汚染対策が進められました。
土壌汚染対策の法制化に時間を要した理由としては、土壌汚染の問題は大気汚染や水質汚濁等と異なり、発生源を断てば汚染が解消するフロー型の汚染ではなく、一度生じた汚染は費用をかけて除去しない限り残留するストック型の汚染であること、汚染対象が大気等の公共財ではなく私有財産の土地であること、汚染があっても人が摂取しなければ健康被害のおそれはない場合があること等の特徴によるものと言えます。このため、法制化に当たっては、以下のような課題を解決する必要がありました。
〇 土壌汚染対策を実施する要件はどのようなものとすべきか。特に、人によるばく露の可能性をどのように評価するか。
〇 多額の費用を要する対策の実施主体は誰であるべきか。汚染原因者や土地所有者(規制型の制度)か、行政(公共事業型の制度)か。
〇 汚染原因者を実施主体とした場合(規制型の制度)は、汚染原因者が不明又は不存在のときに誰を実施主体とするか。また、行政を実施主体とした場合(公共事業型の制度)は、行政が私有地を対象に事業を行うことが適当か。
土壌汚染は局所的に発生すること、外観からは発見が困難であることなどから、かつては判明するケースが少数でしたが、自主的に汚染調査を行う事業者の増加、工場跡地の売却等の際に調査を行う商慣行の広がりなどに伴う土壌汚染の判明事例が増加してきたことによって、土壌汚染に対する社会的関心が高まり、また、対策のルール化の必要性が広く認識されるようになり、土壌汚染対策の法制化を求める社会的な要請が高まってきました。
このような社会的要請を踏まえ、環境庁(当時)では、平成12年に「土壌環境保全対策の制度の在り方に関する検討会」を設置して検討を進め、環境省発足後の平成13年10月、中央環境審議会に「今後の土壌環境保全対策の在り方について」の諮問を行い、平成14年1月に中央環境審議会から答申がなされました。
この答申は、法制化に当たっての課題に対し、以下のような解決の方向性を示すものでした。
〇制度の対象とする土壌汚染のリスクは、汚染土壌の直接摂取によるリスク及び地下水等の摂取によるリスクとし、それぞれのリスクについて土壌汚染の状態に関する基準を設定することとする
〇土壌汚染の調査の契機は、有害物質を取り扱う工場・事業場の廃止時及び人の健康被害のおそれがあることが判明した場合とする
〇土壌汚染の調査・除去等の措置の実施主体は、行政ではなく、調査については土地所有者等とし、除去等の措置については汚染原因者が判明している場合は汚染原因者、していない場合は土地所有者等とする
〇土壌汚染対策の手法として、土壌汚染の浄化だけでなく、盛土、舗装、封じ込めなど人のばく露経路の遮断による対策を含めることとする
〇費用負担能力の低い土地所有者等に対し財政的に支援を行うなど、対策の実施主体に支援措置を講ずることとする
これを踏まえて、平成14年2月15日に「土壌汚染対策法案」が閣議決定され、国会に提出されました。国会では、衆参両院とも全会一致で可決され、同年5月29日に公布されました(平成14年法律第53号)。
2.土対法施行後のポイントと成果
平成14年に制定された土壌汚染対策法は、土壌汚染による健康被害を防止するための枠組みとして、これまでに平成21年と平成29年に法改正が2回行われ、土壌汚染に関する適切なリスク管理を推進してきました。それぞれの法改正の趣旨と概要は以下のとおりです。
(1) 平成21年法改正
土壌汚染対策法の施行を通して浮かび上がってきた課題や、制定時に指摘されていた課題を整理検討するため、平成20年5月に中央環境審議会に対して「今後の土壌汚染対策の在り方について」が諮問され、同年12月に答申がなされました。
この答申において、土壌汚染対策に関する現状と課題として、以下の指摘がなされました。
① 法に基づかない自主的な調査により土壌汚染が判明することが多く、このような自主的な調査により明らかとなった土壌汚染地については、情報が開示され、適切かつ確実に管理・対策を進めることが必要であること
② 法では「盛土」や「封じ込め」等の摂取経路を遮断する対策を基本としているが、実際には「掘削除去」という過剰な対策が取られることが多く、掘削除去が環境リスクの管理・低減の点から不適切な場合もあることを踏まえ、汚染の程度や健康被害のおそれの有無に応じて合理的で適切な対策が実施されるよう、指定区域については、環境リスクに応じた合理的な分類をすべきであること
③ 汚染された土壌の処理に関して、残土処分場や埋立地における不適正事例が顕在化しており、掘削除去が増加していることを踏まえ、これらの不適正な処理を防止するため、適正な処理の基準や是正措置を規定すべきであること
これらの課題を解決するため、平成21年の法改正では、人の健康被害の防止という制定時の目的を継承しつつ、土壌の汚染の状況の把握のための制度の拡充として一定規模以上の土地の形質変更時の届出の新設、規制対象区域を「要措置区域」と「形質変更時要届出区域」に分類することによる講ずべき措置の内容の明確化、汚染土壌の適正処理の確保に関する汚染土壌処理業の許可業者への委託や搬出時の管理票制度の導入等の所要の措置が講じられました。
加えて、平成14年の制定法においては、「土壌汚染」は、環境基本法(平成5年法律第91号)第2条第3項に規定する、人の活動に伴って生ずる土壌の汚染に限定されるものであり、自然的原因により有害物質が含まれる汚染された土壌をその対象としていませんでしたが、汚染土壌の搬出及び運搬並びに処理に関する規制が創設されたことに伴い、自然的原因により有害物質が含まれる汚染された土壌を法の対象とすることとしました。
(2) 平成29年の法改正
平成21年の法改正から5年が経過したことから、平成27年12月に「今後の土壌汚染対策の在り方について」が中央環境審議会に諮問され、平成28年12月に答申がなされました。
この答申においては、土壌汚染対策に関する新たな課題として、以下の指摘がなされました。
① 工場が操業を続けている等の理由により土壌汚染状況調査が猶予されている土地において、土地の形質の変更を行う場合に汚染の拡散が懸念されること
② 要措置区域において、土地の所有者、管理者又は占有者が実際に実施した措置について、都道府県知事が事前に確認する仕組みがなく、不適切な措置の実施等のおそれがあること
③ 形質変更時要届出区域においては、たとえ土地の状況から見て健康被害のおそれが少なくとも土地の形質の変更の度に事前届出が求められ、また、基準不適合が自然由来等による土壌であっても指定区域外に搬出される場合には汚染土壌処理施設での処理が義務付けられていることなど、リスクに応じた規制の合理化が必要であること
これらの課題を解決するため、平成29年の法改正では、土壌汚染に関するより適切なリスク管理を推進するための措置が講じられました。平成29年の法改正の概要は以下のとおりです。
① 土壌汚染状況調査の実施対象となる土地の拡大
調査が猶予されている土地の形質の変更を行う場合(軽易な行為等を除く。)には、あらかじめ届出をさせ、都道府県知事は調査を行わせること
② 汚染の除去等の措置内容に関する計画提出命令の創設等
都道府県知事は、要措置区域内における措置内容に関する計画の提出の命令、措置が技術的基準に適合しない場合の変更命令等を行うこと
③ リスクに応じた規制の合理化
〇健康被害のおそれがない土地の形質の変更は、その施行方法等の方針についてあらかじめ都道府県知事の確認を受けた場合、工事ごとの事前届出に代えて年1回程度の事後届出とすること
〇基準不適合が自然由来等による土壌は、都道府県知事へ届け出ることにより、同一の地層の自然由来等による基準不適合の土壌がある他の区域への移動も可能とすること
これら法改正を通じて、都道府県等が把握している土壌汚染の調査件数は増加傾向にあり、直近の令和元年度の実績では、土壌汚染対策法に基づかない事例も含めて自治体が把握しているものとして2505件の調査が行われ、うち936件が基準不適合となっています。同法が制定される前年の平成13年度には289件の調査が行われ、うち210件が基準不適合でしたので、20年前と比べて、調査及び対策が広範に行われる状況となっており、その結果に基づいて適切な措置が各所で講じられていることは、大いなる成果と考えています。
3. 次期改正に向けての課題
次期改正に向けては、自治体、関係事業者、処理業者等にアンケートやヒアリング等を行って、現状の制度の評価を行うとともに、課題を抽出して、改めて整理することを考えています。現状の主な認識について以下のとおり述べます。
<法の厳格な運用と、さらなる合理的な調査・対策の実施>
引き続き土対法の調査契機をとらえて着実に調査を進めることによって土壌汚染の把握に努めることにより、その結果判明した土壌汚染への対策や管理を適切に実施していくことが基本であり、法を厳格に運用するために強化すべき事項があれば制度の見直しを検討しなければならないと考えています。
一方で、土壌汚染調査・対策には相当な手間と費用がかかることから、今後、さらに合理的な土壌汚染調査・対策を進めていくために、規制緩和の方向での検討も必要と考えています。
令和3年度は、以下の2つの観点について省令の改正を行い、ともに本年3月24日に公布され、本年7月から施行します。
① 形質変更届出に関して、土地の形質の変更をしようとする者は土地の所有者等の同意書を取得しなければなりませんが、都道府県等及び事業者の負担の軽減を図る観点から、同意書の添付に変えて、土地の所有者等が明らかになる書類の添付でよいこととしました。
② 汚染土壌処理施設の変更許可のうち、軽微な変更については届出でよいとされていますが、その届出の範囲を拡大しました。
<新たな有害物質等に関する基準等の検討>
1,4-ジオキサンは環境基準が定められましたが、既存の土壌ガス調査方法ではうまく捕らえられないことから、中央環境審議会土壌農薬部会の第2次答申(平成27年12月)では「当面は特定有害物質には指定せず、汚染実態の把握に努め、併せて効率的かつ効果的な調査技術の開発を推進するとともに、合理的な土壌汚染調査手法が構築できた段階で、改めて特定有害物質への追加について検討することが適当である。」とされています。このため、調査手法の確立に向けて鋭意検討を進めています。
また、六価クロムの水質環境基準が本年4月に現行の0.05 mg/Lから0.02 mg/Lに改正されました。これを踏まえ、土壌環境基準や法に基づく基準の見直しについて検討しています。
PFOS/PFOAについては、土壌における測定手法の検討や諸外国の規制状況に関する情報の収集等に取り組んでおり、まずは調査測定方法(土壌溶出試験法など)の目途をつけたいと考えています。また、環境研究総合推進費「土壌・水系における有機フッ素化合物類に関する挙動予測手法と効率的除去技術の開発」が令和3年度から開始されましたのでその成果も活用し、土壌・地下水汚染対策技術について情報収集を進めています。
昨年7月の中央環境審議会水環境・土壌農薬部会における委員からのご意見として土壌環境行政に関しては、クロスメディアの視点から水環境、大気環境、そして土壌環境のつながりを意識してのアプローチの重要性についてご指摘がありましたが、マイクロプラスチックについても大気と水、土壌と地下水といったつながりが重要と考えており、土壌環境中の実態把握に向け、令和3年度から科学的・技術的知見の収集を行っています。具体的には、土壌中のマイクロプラスチックの起源、土壌中の挙動、マイクロプラスチックによる土壌汚染が人の健康や生物多様性、生態系の機能に与える影響、国内外における規制や対策の動向などについて調査しています。
今後とも、新たな検討が必要となる有害物質等が続々と現れることが想定されますので、最新の知見に基づいて基準の設定や見直し等を計画的に進めていきたいと考えています。
<デジタル化への対応>
汚染土壌の運搬・処理の際に用いる管理票の交付・回付・保存については、e-文書規則(環境省の所管する法令に係る民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律施行規則)により、保存のみが電子化の対象であり、交付・回付は紙に限定されています。
管理票は、運搬するトラックごとに備え付ける必要があるため、管理票の枚数が膨大になり管理・整理に時間を要する上、紛失の可能性もあります。
関係事業者によるデータ管理、紙による保存管理の課題解消を図るため、管理票の交付・回付の電子化を検討していきます。
4.脱炭素化の流れと土壌汚染対策の方向性
脱炭素社会の実現に向けて、「地域脱炭素ロードマップ」に基づき、政策を総動員することとなっていますので、土壌汚染対策についても対応が必要と考えています。
土壌浄化技術の現状を見ると、人の健康リスクの観点からみて必要以上の措置といえる掘削除去が依然として多く行われています。これは脱炭素社会の実現の観点から見ても、望ましい状況とは言えません。
環境省では、低コスト・低負荷型の調査・対策技術の検討等を継続していますが、サステナブル・レメディエーションなどの動向も踏まえ、2050年カーボンニュートラル実現にも貢献すべく、合理的な措置の普及を推進していきたいと考えています。
また、私が兼務している地下水・地盤環境室の業務になりますが、私たちの足元にある再生可能エネルギーである地中熱利用の普及拡大に向けて、交付金事業による支援やガイドラインの改訂等を進めていきます。
5.中小企業・小規模事業者の適切な土壌汚染対策の推進に向けた展望
土壌汚染対策法に基づく土壌汚染の調査、除去、汚染の拡散の防止等の措置を行う中小企業・小規模事業者の方向けに、日本政策金融公庫による運転資金の融資制度があり、土壌汚染対策セミナー等において紹介するなど周知に努めています。
一方で、土壌汚染対策基金による助成については、汚染原因者に責任があるとの原則から、汚染原因者が不明・不存在であること、費用負担能力が低いことなど一定の制約を設けています。また、地方自治体に対する助成事業としているため地方自治体の負担が発生することから、私有財産への財政支出に住民の理解が得られにくいなどの理由により、要件の緩和や自治体の負担軽減ができないか、との意見があります。
基金による助成事業の利用実績はこれまで2件となっており、自治体からの意見などを参考として、案件形成の障壁となっている課題について再抽出・整理を行うことなどによって、助成要件の緩和等の対応について検討を進めます。
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