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yoyo

子どもはいつだって正しい

2022.04.12 12:52

日曜日、窓から入ってきた風にふくらんだカーテンが花瓶を押しだした。花瓶は床に落ちて、水がこぼれた。私たちが(主に私が)大きな声を出したことに子どもはびっくりして、以来リビングに入らなくなった。保育園から家に帰るのも泣きそうで何度も抱っこをせがんでくるし、「上(2階)に行くの」と何度も念を押す。


家に帰ったらすぐに2階へ上がり、晩御飯も2階で食べ、お風呂から上がってもすぐに2階へ上がり、朝ごはんは玄関で食べる。一晩眠ったら、保育園へ行ったら、忘れるかと思ったけれども今日まで3日間続いている。子どもは単純なようで複雑。繊細という言葉で表すのが単純と思えるぐらいに繊細だ。

この3日間で私は疲れ果て、今日、帰宅と同時に玄関に寝そべって泣く子どもをほったらかしにして晩御飯を作った。できて玄関へ戻ると、地面は涙と鼻水で水溜りができていて、顔も髪も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。タオルでそれを拭きながら、「仕方ない」と思っていた。


同居人が帰ってきてあの手この手を使い、ようやく子どもはリビングへ入った。いつもと変わらず、絵本を指差して「〇〇ちゃんはきいろ、おかあさんはあお」と言う。それから私の知らないつくしの歌を教えてくれた。布団に転がって顔を見つめながら、どうしてあの時「仕方ない」と思えたのかまったく分からなくなった。こんなにも子どもは素直に自分と向き合ってくれているのに。そんな人は他にいないのに。


「仕方ない」と思った自分も、それを後悔している自分も事実で、これから何度もその事実に私は出会す。そしてなるべく後者の事実側に長く立っていたい。子どもはそのことを教えてくれる。子どもはいつだって正しい。子どもはわがままだから、私は私のわがままに向き合わざるをえない。


プルルルという発車前のベルが風に流されて部屋に届く。窓を開け放ったから分かったこと。春は過ぎ夏も近い。