絵本『ねむりひめ』
昨今はプリンス系の絵本はディズニー絵本や映像でという流れの傾向があります。ディズニー系の魅力は華やかにそして色鮮やかに夢の世界へと直ぐに誘ってくれる強いインパクトと分かりやすいストーリー性をハッピーエンドで終わらせることです。その反面視覚重視であることから否が応でも目の前にある映像がダイレクトに入り、想像力をかき立てる力の育みは弱くなります。
しかし色彩が控えめで線描に長けている作品や文章の美しい童話は文表現と挿絵でそれぞれの味を醸し出しています。一つの作品の童話でも書き手が異なるとタイトルや作品の印象も感じ方も異なり多くの表現を楽しむことができます。
今回取り上げるのは私の幼い頃の思い出の一冊福音館書店から出版されているフェリクス・ホフマン氏の絵、瀬田貞二氏の文の『ねむりひめ』ですが、エロール・ル・カイン氏の『いばらひめ』もあります。読み比べてみる面白さもあります。
では『ねむりひめ』の想像力をかき立てる魅力に少し迫ってみましょう。
子の絵本の最大の魅力は大きく分けて3つ。
1つはフェリクス・ホフマン氏による繊細で控えめな美しさを持つリトグラフ版画。
2つ目は瀬田貞二さんの流れるような言葉のリズム、そのリズム中に一瞬時を止めてしまうかのような不思議な言葉を織り交ぜながら想像の羽を広げさせてくれる静けさが存在します。
3つめはなんといってもこのお二人による派手さはないけれど何十年も心の内に共鳴する相乗効果です。
ときに問題視されるグリム童話の中には怖さや残虐性も存在しますが、この作品にはそのような場面は視覚で表現されていることはなく、子供達の想像力に結びつく言葉の力で綴られています。一見13人目の呪いを掛けた占い女の登場場面ですが、猫の伸びをする挿絵がどこか安心感を与えてくれます。実はこの作品はフェリック・ホフマン氏が猫好きの病の娘に送った作品です。日常の中に存在する不安なことも好きな猫の存在で「だいじょうぶだよ」とメッセージを発信しているようにも思えます。その猫の存在も気に掛けて読んでみるのもよいでしょう。
子供の頃父に読んでもらったこの絵本は私にとってこの上ないとても大切な作品です。
お城を覆い尽くしてしまういばらに疑問を持ったことがあり、植物に詳しい父に「そんなに建物を覆い尽くす植物があるのか」と質問をし、マラソンを朝の日課にしていた父に連れられ植物に覆われた人家を見せてもらった記憶があります。また城の中のいばらが成長していない事の不思議さを父に質問すると、全ての時間が止まる摩訶不思議について自分で考えるように言われた記憶があります。その答えを見つけようと繰り返し絵を観ていました。
またこの表紙が父に守られている自分自身のように思え安心感を得て私の心に深い思い出が刻まれたように思います。また大人になりフェリック・ホフマン氏の我が子への思いを知り、尚更自分自身の中に存在する父との思い出が重なり我が子へもその思いを繋ごうと意識し読み聞かせを行なった作品です。
私一個人の人生の中にも童話が深く浸透し、その時々で心の琴線に触れた作品であったことはほんものだったんだと今更ながらに実感をしています。是非ともこの作品のみならず思い出の童話を子どもと共有する作品をお持ちになって下さい。
さて最後に作品を読んだ方の中には絵と文章がどう場面で一致していないことを気にされる方もいますが、絵本というものは想像を膨らませ楽しむものです。一致しない場合には想像力を膨らませるチャンスと捉え、子供の想像力が鍛えられるのもだと考えてみてはどうでしょうか。全てが一致するような作品では面白みがありませんし、この作品の余白を活用する粋な特徴と共に想像力の余白を自分なりに埋めてみることも粋な楽しみ方だと思います。。
子供の想像力は終わりがない素晴らしいもので絵本がその育みの一助になることは間違いありません。その力を男女問わず育てながら読み繋いでほしい作品です。