とある冒険者の手記

A.目覚めた武人

2022.04.20 08:55

月からキャンプに戻ってきたガウラ。

月に行っている間に何があったのか状況確認をしていると、医療班からアリスのことを聞かされた。

右脇腹に熱さを訴え、気を失ったまま、いまだに目覚めていない。

それを聞いたガウラは、険しい表情をしながら、アリスが搬送された医療室へと向かった。

部屋の前に辿り着くと、人払いを頼み、1人で入室する。

簡易ベッドに横になっているアリスの姿。

その姿とは裏腹に、見えているエーテルはアリスのモノではなかった。

警戒をしながら近寄ると、アリスが目を覚ました。


「う…んっ……この香りは……」


ゆっくりと身体を起こすアリスに、ガウラは警戒を解かずに言った。


「お前は誰だい?」


睨みつけるガウラに、アリスが顔を上げた。

すると、アリスは「ふっ」と微笑を浮かべた。


「人の名前を聞く時は自分から…と教わらなかったのか?」


明らかにアリスの口調ではないが、敵意は感じ無い。

警戒だけは解かずに、言った。


「身内の身体を乗っ取っている奴に、簡単に教えられる訳が無いだろ」

「かっかっかっ!それはごもっともだな!」


豪快に笑ったそいつは、ベッドの上で胡座をかき、ガウラを見据えた。


「私はカ·ルナ·ティア。お前さんはニアの力を引き継ぎし者だな?」

「!?」


思いもよらぬ名前に、驚きが隠せないガウラ。

その反応を面白そうに見ている。


「ニアとは違って表情が豊かだのう!して、名前は?」


再度聞かれ、ガウラは戸惑いながらも答えた。


「…ガウラ·リガンだ」

「ガウラか、なるほど!良き名だな!」


ルナのペースに呑まれ、呆気に取られるガウラ。

そんな事を他所に、ルナは言った。


「私がこうして目を覚ましたという事は、お前さんの中にいたニアが目を覚ましたのであろう?違うか?」

「もしかして、それがきっかけなのか?アリスが気を失ったのは…」


ルナは頷いた。

それを見て、ガウラは納得がいったようだった。


「カ·ルナ、聞きたいことがある」

「なんだ?」

「ニアが、枷を外す術はお前が未来に託したと言っていた。その術を教えて欲しい」

「…ふむ」


ルナは考える仕草をし、そして言った。


「確かに、私はその術を私の血を濃く受け継ぐ者たちに託した。だが、すぐには教えられぬ」

「何故だ?」

「私の目覚めは、言わば保険なのだ」

「保険?」


怪訝な顔をするガウラに、ルナは真剣な顔で話し始めた。


「ニアが、妻が目覚めたという事は、時が来たということなのだろう。だが、私の血を受け継ぐ者達がその枷を外す時期なのか、それを見定める必要があるのだ」


ルナは淡々と話を続ける。


「私の血を受け継いでいるとは言え、妻の血も受け継いでいる。今まで武力だけで暮らしていた者達が、その感覚のまま魔力を手にしたら、どうなるか…分からないでもなかろう?」

「………」

「妻は枷を付けたことを後悔していた。だが、あの賢い妻が1度懸念し、封じた事は間違いでは無いと思っている。行き過ぎた力は、間違った使い方をすれば周りを巻き込む」

「だから、見定める…と?」

「さよう。この時代は私の生きてきた時代とは違う。私の子孫達がどのような考えを持ち、力をどの様に考えているのか、知る必要がある」


そこまで言って、ルナはニカッと笑った。


「と、言う訳だ!多少不便をかけるかも知れぬが、今暫くこの者の身体を使わせて貰い、お前さんに同行させて貰うぞ!」


半ば強引に決められてしまい、大きな溜め息を吐いたガウラ。

この説明しがたい状態に、軽く頭を抱えたくなったのは言うまでもなかった。