講座「宮沢賢治の世界」入門編
ポラン堂古書店の店主による「宮沢賢治の世界」(全9回)が、夙川公民館にて催されています。
ポラン堂古書店オープンの翌日、4/18はその初回でございました。
その栄えある初回の受付係に、ただその日ふらっと訪れていたという理由だけで抜擢された私は、先生の講義を受けつつ、講義を聴きにきてくださった方々の反応を窺える素晴らしい席につくことができていたのでした。
宮沢賢治学会イーハトーブセンターに所属する研究者たる先生は、これまでも大学だけでなく多くの場所で賢治講座を行ってきました。私も学生時代以後、何度となく聴講してきたつもりです。ただ、今回はまたさらに楽しかった。多く繰り返されただろうブラッシュアップと、洗練された話術に初めて授業を受けたときのように感嘆しきりでございました。
先生の自己紹介も兼ねた、宮沢賢治学会と岩手県の名所を紹介する導入では、早くも「367段続く、登り始めたら逃げ場がない宮沢賢治記念館への階段」でひと笑いがおきます。半端な覚悟で登るなという、緊急連絡先の載った注意書きはシュールで、そういった、先生の愛のある地元いじりのような、賢治名所・企画紹介がテンポ良くされていきます。
さらに入門編らしく「(雨ニモマケズ)」が朗読されます。現代だと教育やスポーツの場で標語のように扱われますが、飢饉の時代における実感を伴う「手帳のメモ書き」であること、「詩ではない」ことが強調され、その確固とした根拠として「賢治は題名をつけていない」ということが明示されます。様々な見方で解き明かされる「雨ニモマケズ」に、会場からは興味深そうに頷く声が聞こえました。一方で、英訳の「雨ニモマケズ」、『Rain Won't』のアーサー・ビナード氏の名前に反応する方もいらっしゃり、先生も嬉しそうにされていました。
続いて、宮沢賢治が文学者でありつつ、教師であり、農家であり、サラリーマンでもあり、音楽や絵画も嗜み、何より地質学者であったこと──そのような賢治の多面性が紹介されますが、今後の講座にて細かく取り上げられるため、予告の一つとも言えたでしょう。
ここまででも多彩な情報量と充実感がありますが、「入門編」の見所はやはり、賢治が刊行したたった二冊、『春と修羅』『注文の多い料理店』について、その序文を取り上げた後半であったと思います。特に『春と修羅』の序文と解釈についての講義は、私個人としても大学時代から最も印象深く心に残っている授業の一つです。
「わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)」
あらゆる芸術や文学や、あるいは自然に、心が動かされるごと光る、その感動=現象こそ自分自身であるという、先生の熱のこもった解説に、会場の方々が強く惹きつけられていくのを感じました。
少し、大学生の頃には抱かなかった感想もありました。
もちろん長く賢治について考えている先生には及ばない恣意的な内容ではあります。
先生は、(ひかりはたもち その電燈は失われ)の一節が、自身も表現者としてそのひかりに足りうる作品を残すつもりだったからだと仰りましたが、今の私が抱いたのは、その感動という現象すら、その人が死んだとしてもこの世に残るのかもしれないという思いでした。作品ではなく、感動が残るというのは現実的ではないですけども、何かを観て読んで聴いて明滅する感情もまた、この世の因果の中に関わっていて、相互に影響を与え合っているような気がしてなりません。それはこうしたブログやTwitterなど単に感想を伝えるツールが発展した為と言ってしまえるかもしれませんが、そうして可視化される状態となったこともまた、明滅を繰り返したひかりの因果ではないかと感じるのです。
……未熟な考察を挟んでしまいました。
先生の講義では刊行作の2作のみならず、岩手毎日新聞に掲載され「イーハトーヴ」という単語の初出となった「氷河鼠の毛皮」など、あまり有名とは言えない作品もいくつか紹介されました。イーハトーヴからトキーオまで賢治命名の地名をテンポよく紹介するスライドショーには、また笑いが起きていました。
締めに宮沢賢治の語る「心象スケッチ」と「自然」の関係性の例として、「狼森と笊森、盗森」の「大きな岩」を上げ、わかりやすく丁寧に賢治作品のテーマ性を説いたところで、予告通りの時間に終わりを迎えたのでした。あまりにも時間ぴったりでした。
楽しかったぁと溜息を漏らされる声を聞き、「宮沢賢治の聖人君子のようなイメージが変わった」という方に、私も先生の最初の授業を受けた大学時代に全く同じ感想を持ったことを思い出し、めいめい話しながら帰っていく皆さまを見ながら、改めて素敵な時間だったと勝手な感慨にふけらせていただきました。
もりだくさんな初回ではありましたけれど、初回を逃すと追いつけなくなるような講座ではもちろんございませんので、お近くにいらっしゃって、予定の合う方はぜひ、気軽にお越しいただきたいです。(正直500円は破格です……。)
オープンからの怒涛の二日間が終わり、帰り道に先生がお腹がすいたと仰られたのが、ふしぎと私の心もほっとさせたのでした。