勇者アッシュの冒険譚 4
■ 灰色の魔女 ■
王都から西へ。
何日かの夜を巡り、幾つかの山と川を超え、彼等は今、鬱蒼とした森の中に分け入っていました。
『ここに、灰色の魔女が住んでいます。彼女に会い、これからの旅の協力を得ましょう。』
そう話しながら、神官クローバが先頭を歩きます。
『しかし、なんで魔女の協力なんて必要なんだ?』
『黒の民は、魔法の民です。』
武闘家ブロッサムの疑問に、クローバは振り返らずに答えました。
『我等、白の民は剣の民。戦いにおいて決して遅れはとりませんが、それでも、こちら側にも魔法を使える者がいる方が、より勝率が上がります。』
『魔法なら、お前も使えるじゃん。』
『私が使えるのは主に治癒魔法です。怪我は治せますが、戦闘にはあまり向きません。』
『その魔女さんは、協力してくれるの?』
物珍しそうにキョロキョロと周囲を眺めながら後に続いていた王子アッシュがそう声をかけると、クローバは立ち止まり、振り返りました。
『まだ分かりません。彼女は…灰色の民は、この貴重な植物の多い森の管理をするのが仕事ですので、森を離れるのは良い顔をしないでしょう。ですが、私は会った事はありませんが、彼女と祖父…神官長は古い知己でもあります。力を貸してくれる可能性もあるでしょう。』
クローバが言う事には、灰色の民は、広大な森を管理し、植物を研究するうちに、自然を操る魔法を使えるようになったのだとか。
やがて、陽が西に傾き始める頃、眼前に小さな小屋が見えてきました。
近付いてみると、窓から漏れるオレンジ色の光の中に、うっすら兎影が見えます。
一呼吸置いて、クローバが扉に手をかけようとした時、不意にそれが開かれました。
『…何か御用かしら。私、今忙しいのだけど。』
中から出てきたのは、想像していたよりずっと若く美しい灰色の兎。
『…多忙のところ申し訳ない。私は、王都から来た神官クローバ。灰色の魔女、貴女にお願いがあって来ました。』
クローバが仰々しく頭を下げました。
『…入って。』
灰色の兎は、クローバと、背後のブロッサム、そしてアッシュに視線を送ると、しばし逡巡の後、部屋へと招き入れました。
部屋の中は、外観と同様こじんまりとした中に、様々な見た事もない道具や植物が所狭しと置かれています。
『…適当に座って。お茶を入れるわ。でも本当に忙しいの。用件は短めにお願いね。』
キッチンと思しき場所に向かう魔女の背中を、アッシュは座る事も忘れて一心に見つめています。
『…この毛色が珍しい?灰色の民は少数だし、あまり森から出ないものね。』
『うん、だって、とっても綺麗!』
戻ってきた魔女に、アッシュは嬉々として答えました。
『優しい色でキラキラとして、きっと日の光の下では、銀色に輝くんだろうね。こんなに素敵な毛色を見たのは初めてだよ!』
『…綺麗、と言われたのは、私も初めてよ。』
予想していた答えと違ったのか、一瞬ポカンと放心していた魔女は、アッシュの純粋な賛辞にはにかんだように微笑しました。
『私達は灰色の民。この森を管理するのが役目よ。でも、あなたが、”灰色の魔女"と呼んでいるのは、私の祖母ね。お婆様は特別強い力を持っていたので、そう呼ばれるようになったのよ。』
白の神官をチラリと見て、それから、彼女は優雅な仕草でそれぞれの前にハーブティを置きました。
ふくよかな甘みのある香りが、琥珀色の液体から漂っています。
『カモミールティよ。まだ名乗ってなかったわね。私は、【マーガレット・ローズ】。マーロでいいわ。』