【タ】大脱走(私的埋蔵文化財)
昭和38年8月、高校二年の夏休み。メモによると京都の松竹座でこれを観たらしい。スティーヴ・マックイーン主演の「大脱走」に、この年齢で遭遇するのはベストだったろう。映画鑑賞のワクワク感は半端ではなかった。「荒野の七人」(これはロードショウではなく、場末の二番館「田園シネマ」で「ガン・ファイター」と二本立てで観た)でも共演していた当時の人気者、チャールス・ブロンソン、ジェームス・コバーンが一緒だ。
人気俳優が自らバイクに乗って、鉄条網に突っ込んでいく。S.マックイーンらしい見せ場だ。ずっと後に、東欧三国を旅した時、ウイーンからブダペストに移動する列車の窓から見えたどこまでも続く緑の平原に、思い出したのがこのバイク疾走シーンだった。
ジョン・スタージェス監督は「OK牧場の決闘」「老人と海」「荒野の七人」などを撮った名匠、音楽「大脱走のマーチ」はミッチミラー合唱団。当時のオールスター、顔見世興行的映画だ。
TVドラマ「拳銃無宿」に始まったスティーヴ・マックイーン人気は絶大だった。とにかくかっこいいから、封切られる主演映画は全部観ていたのではないかと思う。そんな彼が癌で亡くなるのだが、ジョン・ウェイン同様、その死はネヴァダの核実験場付近が、西部劇のロケ地でもあったことによると広瀬隆が「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」に書いていた。
大脱走のパンフレットの趣向は、鉄格子の向こうにS.マックイーン、なんてしゃれたことをするんだと思った。手間のかかる1頁にコストはどれくらいになるのかなんて思った記憶がある。
激戦区「た」
それにしても「た」群。なかなかの名作、話題作ぞろいだった。いつもなら大いに迷ったと書くところだが、それにもかかわらず今回は迷いなしである。映画としての価値というよりも、鑑賞体験のもたらすものの大きさが迷いを払拭した。この九作品はそれぞれに、語れることが山ほどある。
ほかにもリバイバル上映の「第三の男」。印象的なシーンの一つ、ウイーン・プラター公園の大観覧車には乗りに行ってみた。一つのケージが椅子テーブルを用意して、7、8人で夕食会ができる(そういう貸し出し方もしていると案内にあった)大きさだった。いつだったかの海外ツアー旅の添乗員が言った、「映画に登場した街を訪れ、その話題を広げると、お客様たちの年齢差に関係なく楽しめます」を思い出す。