2022年4月25日 厚生労働省に提言を提出しました。
2022 年04 月25 日
新型コロナウイルス流行下の産科医療に関する提言
団体名:リプロ・リサーチ実行委員会
repro.researching@gmail.com
2021 年9 月より本委員会が実施したオンライン調査の結果、コロナ禍の日本の産科医療方針は、国際的推奨事項や科学的エビデンスに沿わない医療介入や制限対策が存在すること、 それにより女性が不必要に辛い経験をしていることが明らかになりました。
新型コロナウィルス感染拡大下においてもすべての女性が安全でポジティブな出産体験を得る権利が保証される必要があるため、以下記述する3 点(出産の医療介入増加、立ち会い・付き添い出産と入院中の面会の制限、母子分離・母乳育児環境の変化)において、厚生労働省に
① 新型コロナウィルス診療の手引きとホームページ上の一般向けQ&A の見直し、
② 女性の経験に関する公的な実態調査、
③ 全産科・産婦人科医療機関の実態調査
を求めます。
記
A. 出産の医療介入増加
2022 年3 月に発表された日本におけるCOVID-19 妊婦の現状 ~妊婦レジストリの解析結果調査によると、コロナ陽性女性の帝王切開率は第四波までは65%、第五波では50%と報告されています。いずれも厚労省発表の全国の平均帝王切開率約20%(2017 年度)を大きく上回ります。
厚生労働省提示の手引き第7版P68「6-9. 妊婦および新生児への対応」と日本産科婦人科学会・ 日本産婦人科医会・日本産婦人科感染病学会の三学会による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応は、帝王切開により感染リスクを下げることはないと記しながらも、分娩時間の短縮を目的とした帝王切開を容認しています。
WHO(国際保健機構)、ICM(国際助産師連盟)、FIGO(国際産科婦人科連盟)、RCOG(英国王立産婦人科学会)、は、第一波の2020 年3 月以来、医療介入は女性の健康上必要な時と女性の選択によってのみなされるべきだと明言してきました。帝王切開により女性から赤ちゃんによる感染が予防できる、分娩時間の短縮で院内感染を下げるというエビデンスはない一方、手術により関わる医療者が増えること、合併症リスクが増えること、入院日数が増えることから医療者への感染のリスクは上昇します。さらに多くの医療資源を使用することになります。
RCM(英国助産師会)とRCOG が共同で作成したイギリスの産科ガイドラインでは、コロナ陽性で無症状な女性には助産院・自宅での出産も選択肢となるとしています。ほか、帝王切開で出産した陽性女性は、経腟分娩した陽性女性と比べコロナの症状が悪化するリスクが高いという調査もあります。
B. 立ち会い・付き添い出産と入院中の面会の制限
本委員会アンケートでは、圧倒的な数の女性が妊婦健診の付き添いやお産の立ち会い、入院中の面会が許されていないことを訴え、孤独と不安を抱えていることが分かりました。
新型コロナ流行以前から、また三学会の指針から、日本の産科医療では立ち会いや付き添いは「付加的サービス」とみなされているのに対し、諸外国では妊婦健診の付き添い・出産の立ち会い・入院中の面会は女性と家族の「権利」として尊重されています。
Cochrane システマティックレビューは、女性が選んだ付添人が継続的に出産をサポートすることは、医療介入を減らし、新生児の健康状態を向上させ、女性が出産体験を否定的に受け取るリスクを減らすことに繋がるというエビデンスを提示しました。これを根拠にWHO のポジティブな出産体験のための分娩期ケア、ICM 公式声明、RCM・RCOG の新型コロナウィルス周産期ケアガイドラインでも健診や入院時の付き添いと出産の立ち会いが推奨されています。
C. 母子分離・母乳育児環境の変化
妊婦レジストリの解析結果でも明らかになったように、コロナ陽性女性は出産直後に母子分離対策がなされるケースが多くあります。アンケートでもそのケアを疑問視し、不安に感じている女性の声が少なくありません。陽性陰性にかかわらずNICU に入院している赤ちゃんに退院まで一度も会えない女性もいました。母乳育児支援も大きく影響を受けているという報告があります。
世界では久しく早期母子接触の利点、母乳育児の感染予防効果が認められています。新生児の免疫力は未発達で、早期母子接触と母乳育児によって補われます。コロナ陽性の母親から生まれた赤ちゃんに必要なのは、母親から離すことではありません。感染予防対策(マスク・手洗いなど)をしたその女性と同室で母乳育児を続けることです。WHO・UNICEF は第一波の2020 年3 月から、たとえ女性が陽性であっても母子同室であることを推奨しています。母乳育児の肯定的効果(ベネフィット)は感染のリスクを上回るためです。
しかし厚生労働省、三学会、日本新生児育成医学会はすべていまだに母子分離の対応を勧めています。
新生児がコロナ陽性になった場合、重症化は珍しいことがこれまでの日本内外の症例から分かっています。にも拘らず厚生労働省の一般の方向けQ&A は感染リスクの現実や母乳育児のベネフィットを伝えておらず、むしろ母乳育児が危険かのように歪曲し、女性が希望するなら自己責任で、と暗に脅す文言があります。
入院中の新生児を含む子どもには、親もしくは親の代わりとなる大人に付き添われる権利があります。国連のこども権利憲章(日本は批准)に基づいて1988 年に作られたEACH 病院の子ども権利憲章にはそれが明記されています。
出産直後の母子分離の影響は甚大です。不安や社会的困難を抱える女性は、母子分離の悪影響を受けやすく、将来の虐待のリスクは4 倍ともいわれています。この新型コロナ流行下にコロナに感染し、立ち会いなしに医療介入を受けながら出産する女性が、まさにこの不安の高い状態に置かれ、母子分離されることでその後の育児の不安・困難が増えることは明らかです。妊産婦のストレス上昇により母子の愛着形成、育児不安、産後うつがすでに増加しているという報告があります。そして長期的にみても、女性・赤ちゃん・家族全体の発達障害・精神疾患、ひいては虐待・自殺率の増加も懸念されます。
日本の周産期死亡原因の一位は自殺です。産後うつを含む精神疾患のケアの改善が求められています。産後うつは産後ケアだけの問題ではなく、妊娠期のうつや出産体験との関連もあります。妊娠中から継続的に不安を取り除く助産的アプローチと出産体験をよりポジティブにする必要があります。
人間にはからだに起こることを自分で決める権利があります。しかし現在のコロナ禍の産科ケアでは、その基本的な人権が蔑ろにされています。女性の妊娠・出産・子育てにおける苦悩やストレスの訴えにもっと耳を傾け、公正な情報のアクセスを保証し、医療体制の中で個人の権利が尊重される必要があります。
結論
世界保健機関(WHO)ならび国際助産師連盟(ICM)、英国産婦人科医学会(RCOG)、英国助産師会(RCM)、国際産婦人科連合(FIGO)は、 COVID-19 の感染が確認されているか否かにかかわらず、すべての女性が安全でポジティブな出産を経験する権利があるとしています。
厚生労働省は、上述の国際規準に則った推奨事項や科学的根拠を、日本における診療の手引きに反映させるとともに、周産期ケアの現状把握調査、各医療機関への指針改訂周知とモニタリングを徹底し、医療者や国民が十分な情報を得て適切な判断が行えるように調査情報を公表する責任があると考えます。
参考文献
〇厚生労働省 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き第 7 版 https://www.mhlw.go.jp/content/000904136.pdf
〇出口 雅士 、山田 秀人 (2022) 日本における COVID-19 妊婦の現状 ~妊婦レジストリの解析 結果 《2022 年 1 月 31 日迄の登録症例》
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20220301_COVID19.pdf
〇Martinez-Perez O Vouga M Melguizo S C (2020) Association between mode of delivery among pregnant women with COVID-19 and maternal and neonatal outcomes in Spain
JAMA 324(3) 296-299
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2767206
〇厚生労働省(2017)平成 29 年(2017) 医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/17/dl/09gaikyo29.pdf
〇日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本産婦人科感染症学会 (2021)新型コロナウィルス感染症(COVID-19)への対応(第 6 版)
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20211220_COVID-19.pdf
〇厚生労働省ホームページ 一般の人向け Q&A
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html
〇産婦人科医会(2021)「新型コロナウイルス感染症の現状について」
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20211117_COVID19.pdf
〇付き添い効果に関する研究文献(一部日本語版あり)
Cochrane Database of Systematic Reviews: Continuous support for women during childbirth
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD003766.pub6/full
〇WHO 推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア 母子のより良い健康と幸せのためのケア変革
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/272447/WHO-RHR-18.12-jpn.pdf?sequence=42&isAllowed=y
〇日本新生児生育医学会(2020)新型コロナウイルス感染症に対する出生後早期の新生児への対応について
https://jsnhd.or.jp/doctor/pdf/20201019COVID-19.pdf
〇 Norr, K. F., Roberts, J. E., Freese, U. (1989). Early postpartum rooming-in and maternal attachment behaviors in a group of medically indigent primiparas. Journal of Nurse-Midwifery, 34(2), 85–91.doi:10.1016/0091-2182(89)90034- 7 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2703910
〇 O’Connor, S., Vietze, P. M., Sherrod, K. B., Sandler, H. M., Altemeier, W. A. (1980). Reduced incidence of parenting inadequacy following rooming-in. Pediatrics, 66(2), 176–182.7402802
〇Strathearn, L., Mamun, A. A., Najman, J. M., O’Callaghan, M. J. (2009). Does breastfeeding protect against substantiated child abuse and neglect? A 15-year cohort study. Pediatrics, 123(2), 483–493.doi:10.1542/peds.2007-3546
〇国際助産師連盟(ICM)
Women’s Rights in Childbirth Must be Upheld During the Coronavirus Pandemic
https://www.internationalmidwives.org/assets/files/general-files/2021/10/icm statement_upholding-women_srights-during-covid19_updated.pdf
和訳:https://reproresearch.amebaownd.com/posts/21881639?categoryIds=5263837
〇世界保健機関(WHO)
・Pregnancy, childbirth and COVID-19: (2020.3.18). Q&A
http://www.who.int/news-room/q-a-detail/q-a-on-covid-19-pregnancy childbirth-and-breastfeeding
・Coronavirus disease (COVID-19) : Pregnancy and childbirth (2020.9.2) Q&A https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/question and-answers-hub/q-adetail/coronavirus-disease-covid-19-pregnancy-and childbirth
→ https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/coronavirus-disease-covid-19-pregnancy-and-childbirth (2022年3月15日更新)
〇WHO recommendations: intrapartum care for a positive childbirth experience. (2018)Geneva: World Health Organization; Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
〇アメリカ疾病予防管理センター(CDC)
Centers for Disease Control and Prevention. (2020.4.4). Coronavirus Disease 20149 (COVID-19): Considerations for Inpatient Obstetric Healthcare Settings.
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/hcp/inpatient-obstetric-healthcare-guidance.html
〇国際産婦人科連合(FIGO)
https://www.figo.org/safe-motherhood-and-covid-19-march-2021-update
〇性と生殖の権利 1995 年の北京宣言・行動綱領
https://www.un.org/womenwatch/daw/beijing/pdf/BDPfA%20E.pdf
(日本語版)
https://www.gender.go.jp/international/int_standard/int_4th_kodo/index.html
〇英国産婦人科医学会(RCOG)、英国助産師会(RCM)
・https://www.rcog.org.uk/globalassets/documents/guidelines/2021-08-25- coronavirus-covid-19-infection-inpregnancy-v14.pdf
・https://www.rcog.org.uk/globalassets/documents/guidelines/2021-02-19- coronavirus-covid-19-infection-in-pregnancy-v13.pdf
(※)更新されて閲覧できないページがある可能性があります。