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江戸町巡り

【荏原】新宿裏町

2017.12.17 03:14

町名:新宿裏町

読み方:しんしゅくうらまち Shin-Shuku-Uramachi

区分:小字

起立:1872(明治5)年或いは1875(明治8)年

廃止:1932(昭和7)年9月30日

現町名:品川区北品川一丁目

概要:善福寺境内と嘗ての北品川善福寺門前が町域。時宗善福寺の門前に造られた町屋で、1616(元和2)年に善福寺境内のうち151坪を家作の許可を得て門前町となる。1722(享保7)年12月に品川歩行新宿が成立した際、その一部3反6畝2歩が品川歩行新宿に編入された。1746(延享3)年2月、「中町御奉行能勢肥後守様、馬場讃岐守様、嶋長門守様御勤役中町方御支配ニ相成申候」(町方書上)とあり、町奉行支配となった。化政期(1804~1830年)の家数14軒(町方書上)。

前身の北品川善福寺門前として、慶応4年(明治元年)6月19日(1868年8月7日)又は慶応4年(明治元年)6月29日(1868年8月17日)、武蔵知県事管轄地に所属。明治2年1月13日(1869年2月23日)又は明治2年2月9日(1869年3月21日)、品川県荏原郡に所属。明治4年11月14日(1871年12月25日)又は明治4年12月5日(1872年1月14日)、東京府荏原郡に所属。

1872(明治5)年、大字品川歩行新宿に編入され(府志料)、その際に「字新宿裏町」とされた(1875(明治8)年説もあり)。なお、南に隣接する北品川宿字裏町とは別もの。

「字新宿裏町」と改称した時期について、現地に高札風の由来板があり、そこに「歩行新宿字裏町は元善福寺門前と同寺境内をいいました。裏町という名称は明治8年(1875)の地租改正の時から用いられていました。北品川宿字裏町の地域とは異なります。その由来は、東海道に面した歩行新宿の裏側にある町ということで名付けられました。」とある。『角川日本地名大辞典』とは3年のずれが生じている。

1889(明治22)年5月1日、品川歩行新宿が南品川宿南品川猟師町、利田新地、二日五日市村、北品川宿の一部と合併し、東京府荏原郡品川町が発足。品川町大字歩行新宿字裏町となる。

1932(昭和7)年10月1日に、品川町、大崎町、大井町の3町が合併して東京府東京市品川区が発足し、その際に品川町大字歩行新宿が北品川一丁目に編入となり消滅。

撮影場所:新宿裏町

撮影地:品川区北品川一丁目28番5号(小野歯科医院)

新町 北品川宿