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PALAN

おじいちゃんの聴診器

2022.05.08 23:17


(友人から聞いた話)


俺の祖父は医者だった。といっても金はなく家はボロボロで食事なんか庭の野菜とお茶漬けと患者さんからの頂き物だけ。


毎朝4時に起きて身寄りのいない体の不自由なお年寄りの家を診察時間になるまで何件も往診して回る。


診察時間になると戻ってきて待合室に入りきらないで外まで並んでる患者さんを診察していく。


昼休みはおにぎりを片手にまた往診。午後の診察をこなし食事をすませてまた往診。夜中に玄関口に患者が来たり、電話があればいつでも駆けつける。一年365日休みなど無かった。


自分の体調が悪くなっても自分を必要としている人がいるからと病院にもいかず診療を続け無理矢理、家族に病院に連れて行かれた時にはもう手遅れ。末期がんだった。


でもどうせ治らないなら入院はしないと痛みをごまかし死ぬ間際まで往診続けてた。


遺産なんか何もなし。残ったのはボロボロの家だけ。聞けば治療費を支払えない人ばかりを診察・往診していてほとんど収入なんか無かったんだって。


でも葬式のとき驚いた。患者だけで1000人ぐらい弔問に訪れ、中には車椅子の人や付き添いの人に背負われながら来る人もいた。


みんな涙をボロボロ流して「先生ありがとう、ありがとう」と拝んでいた。


毎年命日には年々みんな亡くなっていくからか数は少なくなってきてはいるけど患者さんたちが焼香に訪れる。


かつて治療費を支払えず無償で診ていた人から毎月何通も現金書留が届く。


いつも忙しくしてたから遊んだ記憶、甘えた記憶など数えるぐらいしかないけど、今でも強烈に思い出すことがある。


それは俺が中学生のときに悪に憧れて万引きだの、恐喝だの繰り返していたとき。


万引きして店員につかまって親の連絡先を教えろと言われて親はいないと嘘ついてどうせじいちゃんは往診でいないだろと思ってじいちゃんの連絡先を告げた。


そしたらどこをどう伝わったのか知らないけどすぐに白衣着たじいちゃんが店に飛び込んできた。


店に着くなり床に頭をこすりつけて「すいません、すいません。」と土下座してた。


自慢だったじいちゃんのそんな無様な姿を見て自分が本当に情けなくなって俺も涙流しながらいつの間にか一緒に土下座してた。


帰り道はずっと無言だった。怒られるでも、何か聞かれるでもなくただただ無言。逆にそれがつらかった。


家にもうすぐ着くというときふいに

じいちゃんが「おまえ酒飲んだことあるか?」と聞いてきた。


「無い」と言うとじいちゃんは「よし、着いて来い」と一言言ってスタスタ歩いていった。


着いた先はスナックみたいなところ。そこでガンガン酒飲まされた。


普段仕事しているところしか見た事がないじいちゃんが酒飲むのを見るのも、なによりこんなとこにいる自体なんだか不思議だった。


二人とも結構酔っ払って帰る道すがら川沿いに腰掛けて休憩してたらじいちゃんがポツリと「じいちゃんは仕事しか知らないからなぁ。おまえは悪いことも良い事もいっぱい体験できててうらやましい。


お前は男だ。悪いことしたくなることもあるだろう。どんなに悪いことをしても良い。ただ筋の通らない悪さはするな」と言われてなんだか緊張の糸が切れて、ずっと涙が止まらなかった。


それから俺の人生が変わった気がする。じいちゃんのような医者になるって決めて必死で勉強してもともと頭はそんなに良くは無いから二浪したけど国立の医学部に合格した。今年晴れて医学部を卒業しました。


じいちゃんが残してくれたボロボロの家のほかにもうひとつ残してくれたもの。


毎日首にかけていた聴診器。あの土下座してたときも首にかかっていた聴診器。


その聴診器をやっと使えるときがきた。さび付いてるけど俺の宝物。俺もじいちゃんみたいな医者になろうと思う。