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ベートーヴェンの中期弦楽四重奏曲の流れ

2022.04.27 15:00

 第47回定期演奏会はオール・ベートーヴェン、プログラムですので、皆様に楽聖の弦楽四重奏曲への関心を深めてほしく、その歴史をたどります。

 当夜の3曲で1番最初に作曲されたのは、終曲の《ハープ》。

 1809年。38歳の作です。


 この曲から遡ること9年、ベートーヴェンは最初の弦楽四重奏曲集、作品18(6曲集)を生み出しました。

 故郷ボンから憧れのウィーンに移り、ハイドンに弟子入りし、師のパトロンのサロンで演奏される、師の弦楽四重奏曲に接し、その技法を直で掴み取っていたのです。

 作品18は、ウィーン進出から7年経った29歳のころ、それまでに重ねてきた創作集大成だったのです。


 ところが、そのころ、ベートーヴェンは進行する難聴と孤独に苦しみ、遺書を書くまでに至りました。

 しかし、それを乗り越え、音楽に邁進する決意を固めたのです。

 そして、それを機に、《英雄》交響曲をはじめとする革新的な音楽を次々と生み出し、「傑作の森」と呼ばれる時期を迎えたのでした。


 このころの作風は壮大な規模と内容、劇的な感情表出にあります。

 弦楽四重奏曲においても《ラズモフスキー》セットで、交響曲を彷彿させる響きの豊さを実現し、前人・自身のこれまでとは一線を画するものとなったのです。


 ところが、数年後、作風は一変。

 先の性格は影を潜め、簡潔で、内省性を深めていくのです。

 《ハープ》、1年後作の《セリオーソ》はその典型です。

 この傾向は同時期のピアノ・ソナタ《テレーゼ》や《告別》などにも見られ、後期創作への過渡とされています。