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ばばんばばんばんばん/木村

2017.12.20 13:15

こんばんは。木村のばらです。


公演も終わり、今日は久しぶりの、つまりの稽古でした!

自分の団体の後輩、ともひろも初めて稽古に参加して、どうなっていくのかわくわくします。


今日の稽古でも話しましたし、いつも思っていることがありますが、

「「諦めてます」という感じ」を出している人って、本当は、本当に諦めている人より、実は全然諦めていないと思っています。


むしろ、めちゃくちゃ諦めていなくて、それを見ないようにして、かつ、「諦めたし」と言うことで諦めていると自分に暗示をかけているくらい、諦めていないと思っています。


みんながみんなしている何かを、していない人がいたとしたら、それは流されていないとか、関係なく、異端ではあります。パンクかもしれないです。

また他の誰かにとって、その何かをしていないことが、かっこいいなあと思って、その人自身が今やっていることをやめるのは、模倣であり、それはみんなが始めた流れと、同じなんですよね。


興味が無いことと「自分はしないし」と思ってしないこととは、全く違うと私は思っています。


諦めた話とは少し違う話でしたが、諦めた感じを出さなきゃいけない人と、何かに憧れて何かをしない人と、自分と周りの関わり方の中で、そうすることを選んだ、思考の回路を、おもしろいなと思います。


おもしろいっていうと馬鹿にしているみたいですけど、そうではなくて、それってかなりエネルギーのいることなんです。

私は、それを理解はできても、していないので、その考えから行動の流れを見つめるのがおもしろいです。


なぜ私はそれをしないのか、考えるのもおもしろい。

それは今が私が満たされているわけではないです。私も、諦められないなにかがあったり(これは例えですよ)するんだと思いますが、ただ現れ方が違うだけ。


そのエネルギーを、自分にだけ向けるように考える道のりを、知りたいのです。


私はまた、こうやって大して深くも考えていないなかで、つらつらと何かを書いているうちに、自分が気になることや、自分の思うこと、大事にしていることや許せないことが、急にわかったりするんです。


稽古場でも、何度行っても新鮮な気持ちになる瞬間があります。

同じ人と話しているのに発見がある。

同じ人と話していて何も生まれなくなったら、それは終わりなんでしょうが、必ず何かが生まれて、それに対して、どういうこと?と考えて、わかる人わからない人、わかろうとすること、楽しいです。喜びを感じます。


そんなこと、なかなか無いですよね。

幸せです。


12月の稽古もあと1回、いつも思うことですが、この作品には、とくに、素直に向き合っていこうと思っています。



そんなところで。


あ!


1月2日から、7日まで、なかないで、毒きのこちゃんという団体にお呼ばれして、高円寺の銭湯のとなりで、お芝居させていただきます。がっつりお正月ですが、良ければぜひ観に来てください。詳細は私木村のばらのTwitterをご覧ください!


予約フォームです。


https://www.quartet-online.net/ticket/nakanaidesentochan?m=0hbhfcg



ふう。そんなところで!



おやすみなさい。



木村のばら



公演中撮られていた写真です。舞監をしている時はいつも、忙しくて、ほとんど楽しそうな写真に写れないので、嬉しかったです。