ものがらの良きが良きなり
「古めかしきやうにて いたくことことしからず ついえもなくて ものがらの良きが良きなり」徒然草
「ものがら」は物柄と書きます。今風に言えばセンスって感じでしょうか。人や物の性格、性質、そういったことです。昔からあるようなオーソドックスな物で仰々しいところがなく、余計なお金をかけずに済むセンスの良い物が良いのだ、と吉田兼好さんは大昔におっしゃったわけですが、買い物をしようとするときはいつも、この言葉がふっと頭をよぎります。
「これって物柄が良いと言えるかな」「良いけど高いからやめとこ」「もうちょっと派手でもいいんじゃない?」「いや、無難な感じのほうがオールマイティだし。今のところ」
5月。美しい季節の中、連休中に久しぶりに買い物に行きました。わけあって、ビジネス用スーツを新調しました。大好きな無印良品でも麻のシャツや小物などを買いました。上記のようなモヤモヤをずっと頭の中で繰り返しながら。それでいながら、ちょっと弾けた自由なファッションなんかにも憧れてる矛盾の塊。
スーツも無印良品のシャツや小物も、そもそも「いたくことことしからず」です。割引のサービスがあり、「ついえ」もそんなにかかりませんでした。もちろん「物柄の良き」ものでした。
でも、すでにスーツ持っているくせに。年に何回も着ないくせに。無印で買った白くてちっちゃいメジャーとか、いつ使うねん?
と自問したものの、やっぱり現代は流行りすたりってやつがあって、スーツだってやっぱり「古めかしきやうにて」ではダメなんです。どうせいつか必要になる物ならセンスが良い物にしたいし。メジャーやカトラリーのケースとか。
ということで、やすやすと自己正当化してしまう。そしてクレジットカードの請求書見て軽く気絶する。いくつになっても学習できない人間だな。