Heart of GOLD ∞ ①
武内廣治(たけうちひろじ)は滅多に人前に姿を表すことのないミュージシャン、プロデューサーであった。
故郷には随分長く帰っていない。唯一の肉親である義姉にも、甥にも、長い間連絡を取らないでいた。
作曲などの仕事は小さなマンションの一室で細々と行っていた。環七沿いにある、特にこれと言って特徴もない小さなマンションだ。
この街に居続けることは彼にとって何よりも苦痛だった。だけどやり遂げるまでは、ここで生きると決めていた。
右手は今も感覚が鈍い。
ピックでのストロークは出来る様になったが、指引きは力加減がうまくいかないのでほぼ弾くことが出来ない。
そんな彼がライブハウスで「アオハル」を見たとき、運命的なものを感じた。
数多あるバンドの中で、廣治は彼らだけに強く心惹かれた。
廣治は若き日の自分と兄の姿をそこに見た。もがき苦しみ価値観を壊し、自分の中の得体の知れない何かを引きずり出そうと懸命に生きてきたあの頃。
廣治はアオハルの中に自分たちを見た。
自分たちの夢を託せるのは彼らしかいないと確信したのだった。
廣治は時々インディーズのライブに足を運んでいた。
自分の願いを託せる、新しい世代を探していたのだ。そんな中出会ったのがアオハルだった。
彼は早速アオハルのレーベルに連絡を取り、プロデュースを申し出た。
今までも彼は、名前は残さないけれど数々の音楽に携わっていたので、業界の人間は彼を知らないものはいなかった。
レーベルはアオハルに話を通してから、返事をすると言って一度電話を切り、その夜に再び電話をかけてきた。
「武内さんからの申し出なんてすごいことなんだって話したんですけど、アイツらどうしても武内さんに直接あって話しをして、それでプロデュースを受けるか決めたいって言ってるんです。生意気な奴らなんですけど、そうさせてもらってもいいですか」
廣治はもちろん、と答えて、アオハルのスケジュールに合わせて日付を決め、面会場所のレコーディングスタジオを指定した。
面会の日、アオハルの面々は挨拶をしながら部屋に入って来た。やや硬い表情をしている。幻のプロデューサーと会うことに少し緊張しているようだった。
ボーカルの忍が廣治と握手をしたあと口を開いた。
「僕らはあなたが腕のあるプロデューサーだと知っているけど、あなた自身のことを何も知らない。話をもらったのは光栄なんですが、なぜ僕らをプロデュースしたいのかを聞きたいんです。僕らは自分たちでやってきたことにプライドがあるから」
忍はに淡々と話した。
「そうだよね」
廣治は微笑んだ。若者たちの独立心、プライド。真摯な心に廣治自身の心が潤うようだった。
「僕は、君たちのライブを聴いて、純粋にすごくカッコいいと思ったんだ。僕は君たちに、僕の代わりに音楽をやってもらいたい。君たちのバンドで僕のやりたかったことをやってくれないか。君たちにしか出来ないんだ」