HakoniWa戯言Vol.11HakoniWaマンダラを読み解く〜少年よ、大志を抱け!?〜
HakoniWaマンダラはコンセプトHakoniWaに基づく世界観を表している(つもり)。
そして、その世界観上でのあるもの「専門分野」、「社会」、「仕事」と見てきた。
今回は第四の要素「志」。
志とは何か?
・未来を志向する意思である。
はたして、未来はあるものなのか?未来そのものは、実態としては今ここにはない。
しかし、実態としては、今ここに確かにない、が、目指すもの、志向するもの
としての未来はたしかに「あるもの」ではないか。
未来を目指す意思、動機がなければ歩みは始まらない。
また、その歩みの方向、ベクトルと言い換えてもいいと考える。
この「志」いかんによって、そのベクトル、方向性とも言える、が変わる。
「専門分野」(パーソナル)の分野においては何をインプットしていくかが
変わるかもしれない。
「社会」分野については、何に焦点をあてるか、どんな視座からみるか
といったことに影響をうけるかもしれない。
「仕事」については、まさにその実際の行動・アクションを規定する場合もあろう。
田坂広志氏の著書「知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代」
によると、「志」とは・・・
「これから何が起こるのか」のビジョンを描き、「この未来を目指そう」との
意思が明確であるもの、と定義されている。
とすると、「社会」分野について「インプット」を重ね、それに対しての
「行動」をいかにするかというのは、その「意思」により決定される。
つまり、この「志」ここでは、特にその意思に重きをおいて、非常に重要な
切り口であると考える。
ならば、この「志」とくに「意思」とはいかに育まれるか?
と考えた時に、というかこの部分においては、本当にこの文章を書きながら
考え、はたと思い当たった。
「志」(意思)は、いかに育まれるか?
それは、その人の「感性」ではないか?
「感性」とは何か?
ウィキペディアによると⬇
感性とは、美や善などの評価判断に関する印象の内包的な意味を知覚する能力と言える。
つまり、「価値観」、様々なの事物に対しての真・善・美を感じる心にことと
言えるのではないか。
ではその「感性」はどのように育まれれるのか?
それは、経験、まさにそれまでに生きてきた実体験から得られるもの(他人の
経験として「コミュニケーション」によって得られるものも含まれる。教育もそう)
または、個人的な経験のみらなず、人類の経験ということであれば、「歴史」という
ものも、感性を育むものになろうと思う。
宗教も、こう言うと大いに批判もあろうが、人類の思想経験の蓄積(歴史)とも
とれるので、「歴史」の分野に含まれると思う。
こう書き進める内に、この「感性を育む」ということがこの
「志」分野をじっくりガストロノミするのに、とても重要なキーワード
だと感じれたので、愉しみの柱に新たに一つ付け加えることとする。
「愉しみの四本柱」(ちょっとヤッサっぽいw)
・ガストロノミ
・リベラルアーツ
・コミュニケーション
・感性を育む
これらをキーワードに「愉しみ」を追究していく。