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とある冒険者の手記

V.傷痕

2022.01.10 02:28

「お前、何してるんだ…?」

「!?」


震える声に振り向くと、小さく呼吸をし、怒りに満ちた鋭い視線を送るガウラの姿があった。


ここはダーンバレン農園にあるログハウスの一室。

この農園で、ガウラが保護され暮らしていた事を、彼女からは聞いていた。

何故、ヴァルがここに居るかと言うと、ガウラの傷痕のことで気になる事があったから。

頑なに隠す左側の上腕部分に違和感を感じたことだった。

鍵がかかっていた一室を、ピッキングで開け、譜面からでてきた折り畳まれた紙を見ていたのだが、そこにガウラが現れたのだ。


"しくじった"


普段なら人の気配にも注意を払うのだが、紙に書かれた内容に集中しすぎたせいか、彼女の気配にも、香りにも気づけなかった。

ガウラの様子から、踏み込んで欲しくない領域に土足で踏み込んでしまったのは明らかだった。


「なぁ、何をしてるんだ…?」

「……これは」

「ここは、ばっちゃんの部屋だ。鍵も、私しか持っていない…」

「ガウラ、」


直ぐに謝ろうとしたが、聞きたくないと言わんばかりに言葉を遮られる。

そして………


「出ていけ」

「……」

「出ていけ!」


荒げられた声。

その声量に部屋にある古びた楽器が振動する。


─拒絶─


無理に彼女の領域に踏み込んだ罰。

もしかしたら、これで関係が終わるかもしれない恐怖が全身を駆け巡る。

これ以上、彼女を刺激して関係が悪化するのを防ぐ為、ヴァルは大人しく部屋を後にした。



隣の部屋でガウラが歌うオラシオンの歌を聞きながら、持ってきてしまった紙を再び眺め、ヴァルはある事を思い出していた。


儀式失敗の夜。

戻ってきた一族の者達。

大量の負傷者と遺体。

その中にあった焼死体。


一般人なら目を覆いたくなるような爛れまくった皮膚。


修行中の若者の中には、それを見て嘔吐する者もいた。


そして、ガウラの育て親の書いた日記の切れ端。

その内容から、ガウラが頑なに左の上腕部分を隠す理由が理解出来た。


何故、こんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。


彼女の顔に残っている痕。

過去の惨劇。

身体に痕が残っているなら、どんな女性でもそれを隠したいと思うのは当然だと言う事。


(あたいは馬鹿だ…)


こんなにも簡単な事に気付かず、彼女の心の傷まで抉ってしまった。

罪悪感に胸が苦しくなった。


すると、鍵がかかる音と、遠ざかる足音が聞こえた。


(これは、戻しておいた方がいいな…)


ヴァルは再び鍵を開け、持ってきてしまった日記の切れ端を元の場所に戻した。



************



ガウラの個人宅の玄関前で、ヴァルは中に入るのを躊躇していた。

あの時のガウラの様子から、入ったところで追い出されるかもしれない。

だが、きちんと謝りたいという気持ちもあった。

許して貰えないかもしれない。

もしそうであっても、それは仕方の無いことだと言い聞かせ、玄関の扉を開けた。


「……おかえり」

「ただいま」


声と相まって不機嫌そうな表情のガウラ。

今回の事を謝ろうと口を開いたが、先に言葉を発したのはガウラだった。


「調べものがあったんだろう」

「すまない、許可もなく入って」

「……いつかは、片付けなきゃと思っていたんだけど、なかなかそうはできなくて。それで、今も変わらずあのままなんだ」

「………」


淡々と話すガウラの言葉をヴァルは黙って聞く。


「せめてここに魂が留まらないように…オラシオンを歌うのは、それが理由だ。聴いていたんだろう?物音がなくたって、気配は筒抜けだよ」


その言葉に、自分があの時どれほど動揺し、気配を消すのを忘れていたのかに気がついた。


「すまない…盗み聞きをして」

「それで、結局のところ何しに来ていたんだい」


そう問われ、一瞬言葉に詰まる。

更に彼女の心の傷を抉ってしまうかもしれない恐怖。

だが、自分が起こした行動の理由に、恐らくガウラは気がついている。

意を決して、ヴァルは言った。


「……ガウラ、お前のその火傷の痕は、そんなに酷いのかい…?」

「………誰にも言うなよ」


いつもより低い声で言い、ガウラは自室へと向かって行った。

彼女を完全に怒らせたと冷や汗が流れる。

だが、数分後。

予想に反して、ガウラは階段の踊り場に姿を現した。


「お前、顔の傷が顔だけに影響していると思ってなかったんだろう。だから疑問が出たんじゃないか?」

「……、」


彼女にしては珍しい、胸元を隠した露出の高い服装。

そして、露になった左側の肩から上腕部分。


「お前ならどれだけ酷い傷でも見慣れているだろうと判断したから話すことに決めた。…お前の想像通りだよ」


隠されていた肌は、遠目からでも分かる肌の変色。

今まで見た事の無い程に無表情で自分を見下ろす彼女の姿に、ヴァルは無理矢理秘密を暴いてしまった事を後悔した。


ポーカーフェイスを崩さぬまま、恐る恐る階段を上る。

そして、ガウラの背後に回った。

火傷の痕は背中にも侵食していた。

恐らく爛れたのだろう、表面もうっすらと凹凸があるように見える。

その背中に、そっと触れる。


儀式の日。

ヘラを護る使命の有力候補だったが、現場に行く事を禁じられたあの時。

無理にでも一緒に行けば良かったと後悔した。

彼女がこんな酷い怪我を負うのを知っていれば、自分の命が尽きる様な状況でも、彼女にこんなモノを背負わす事はなかったと、悔やんでも悔やみ切れなかった。

すると、ガウラは静かに話し始めた。


「ばっちゃんが私を拾った時からあった痕さ。汚れまみれだったし、火傷の痕もちゃんとした処置もせず野ざらしになっていたから手遅れだったんだ。顔の傷も本当は治る見込みがなかった。けどまぁ、流石錬金術師ってところだよな…義眼を作るのと同時に炎症を抑える薬まで作ったんだから」

「身体の方は」

「手遅れだったって言ったろう?顔と首周りは奇跡的にマシになった程度だ、多分、義眼の錬金術と相性が良かったんだろう」

「そう、か…」


それだけ、儀式に起こった事件が凄まじいものだったと再認識する。


「ガウラ、本当にすまなかった…」


目を伏せ、心の底から静かに謝罪を口にした。


その後、ガウラに『アリスとヘリオにバレるとめんどくさいから、誰にも言うなよ』と、念を押された。

元々言う気は無かったが、彼女なりの予防策だろうと分かっていた。



************



そんな事があったのは何時だったか。

1年も経っていないのに、凄く昔の事の様に感じる程、穏やかな時間が流れていた。

ガウラの個人宅にGC任務から帰ってきたヴァルは、シャワーを浴びようと、脱衣所の扉を開けた。


「………」


そこには下着姿で服を手に持って着替えようとしているガウラの姿があった。

突然開けられた扉に、驚いた表情で固まっている。

そして、それはヴァルも同じだった。


「…………!すまない!」


思わず扉を閉めた。

いくら女同士だと言っても、流石に恥ずかしくなる。

扉の向こうで慌てたようにゴソゴソと着替えている音がする。

音が消えると、脱衣所からガウラが姿を現した。


「すまないね、ヴァル!おかえり、その、シャワー浴びるんだろう?」

「あ、あぁ…」

「タオル、ちょうど切らしてしまったからすぐ持ってくるよ」

「分かった」


そそくさとタオルを取りに行くガウラ。

その様子は落ち着いていた。

正直、文句の1つでも言われるかと思ったが、取り越し苦労の様だった。

戻ってきたガウラからタオルを受け取り、脱衣所に入り、服を脱ぐ。

シャワーを浴びながら考え込む。


あの出来事以降、傷の手当などもさせてくれるようになって、火傷の痕を見る機会は増えていった。

だが、ここ最近はガウラが休息をとっており、それを見る機会は少なくなった。


久しぶりに見た火傷の痕。


接触して間もない時に誘った、プリンセスデーの事を思い出す。


メイクで傷痕を隠した事に、驚いていたガウラの表情。


「もう少し、特殊メイクの腕を上げるか…」


特殊メイクの腕が上がれば、出かける程度であれば、問題なくあの火傷の痕も隠せるだろう。

激しく動き回る戦闘では無理だろうが、ちょっと出掛けるぐらいなら問題もないだろう。

そういう時ぐらいは何も気にせず、好きな物を着て欲しいと思った。

季節的にも、これから暖かさが増し、自然と露出も増える。


「また、あの驚く顔が見れる…かな?」


そう呟き、小さく微笑むヴァルだった。