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音坊主 2017年東京公演 動画&プログラム解説 ドビュッシー

2017.12.23 01:34

クロード・ドビュッシー:前奏曲集第1集より「帆」

Claude Debussy : “Voiles”, extrait de “Préludes, Premier livre” 

pf.vn.vc.cl版(編曲:夏田昌和)

 19世紀末から20世紀始めのフランスを代表する作曲家であり、シェーンベルクやストラヴィンスキーと共に近現代音楽の扉を開いた一人であるクロード・ドビュッシー(1862~1918)については、改めて紹介するまでもないと思われる。その極めて独創的な作品世界や音楽語法が後世に与えた影響も大きく、メシアンも理論書やインタビューの中で度々ドビュッシーを引いてその革新的な和音のパレットや柔軟なリズムを称賛し、自身の音楽語法の出発点の一つとして挙げている。ドビュッシーが生きていた時代、長調や短調といった古典的な調性は、その豊穣な可能性を使い果たして飽和状態へと達しつつあった。その中で、ヴァーグナー後期の半音階的語法を出発点に無調や12音音楽へと果敢に向っていったのが新ウィーン楽派の3人(シェーンベルク、ベルク、ウェーベルン)である。一方、カトリック国として教会でグレゴリア聖歌を歌う習慣が残っていたフランスでは、フォーレやサティ、ラヴェルらによって教会旋法のエッセンスを取り込むことにより調性の世界を拡張する方向が模索されていた。ドビュッシーも、自らの創作のベースとなる音高組織に極めて意識的だった作曲家である。彼の作品では部分やパッセージ毎に、12半音階的な書法や、6音より成る全音音階、デイアトニックな7音の教会旋法や長短旋法、東洋的な5音音階などが注意深く選び取られている。シェーンベルクらが「12音技法」というただ一つの理論体系で創作を統御しようとした一神教的な姿勢とは反対の、多神教的なアプローチと言えるかもしれない。

 1909年から翌10年にかけて書かれた12曲より成るピアノのための<前奏曲集第1集>は、続く前奏曲集第2集>の12曲、<12の練習曲>と共に、ピアノ独奏分野におけるドビュッシー晩年の傑作として知られる。バッハやショパンの伝統に敬意を表しつつも、ピアノ演奏法と作曲技法の両面において革新をもたらし、現代音楽へと続く道へ大きな一歩を踏み出した作品群である。<帆>(あるいは女性がかぶるような”ヴェール”、”覆い”の意)は第1集の2曲目で、一部分を除き一貫して全音音階を用いて書かれている。後にメシアンが「移調の限られた旋法第1番」に分類した全音音階は、その名の通り全音のみが積み上げられている音階である。従って主音やフィナリスのような音階の中心音(開始音)を持たず、完全5度がないため長3和音や短3和音といった古典的な和音の殆どが成立しない。曖昧模糊とした印象で、調性組織からは遠くかけ離れた旋法の一つと言えよう。ドビュッシーは様々な作品でこの全音音階を見事に用いている  故にメシアンはこの旋法には「もはや新たに付け加えるところはない」と判断し、「移調の限られた旋法第2番」(半音と全音の交替)や「第3番」(全音と2つの半音というユニットの堆積)を好んで多用した  が、この作品はその代表的な例である。

 曲は4つの部分に分かれる。第1部分では、層を成す3つの基本要素  (a)長3度の並進行と柔軟に変化するリズムで下降する運動(高音域)、(b)8分音符の穏やかな足取りで上昇し下降するアーチを描く旋律(中音域)、(c)B♭音の反復によるリズム・モティーフ(低音域)  が提示される。第2部分ではそれら3要素が新たな形に変容・融合し、付点リズムのオスティナートや上行音階を伴って音楽が活性化する中、今一度要素(b)が完全な形で登場する。一転して霧が晴れたように東洋的な5音音階へと転じる第3部分では、第2部分の楽句が引き継がれつつ一瞬のクライマックスに至る。最後の第4部分は再現部であり、風の一吹きのようなピアニッシモの素早い上行音階を背景に、3つの基本要素が順番を変えて回帰する。解説 編曲 夏田昌和