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いんきゃの方法の話

1 デカルトについての備忘録

2017.12.24 05:07

良識(理性)はすべての人間に与えられている。
それ(良識/理性)を活用するか否かは個人による。
いろんな勉強してきたけど
論理学・幾何学・代数学が好き


しかし、それらには欠点アリ


。。。


それらの欠点を補い合うには


4つの規則
 ①明証性
  ・速断と偏見を徹底的に避ける
 ②分析
  ・うまく問題解決できるサイズに

   問題を切り分けて考える
 ③総合
  ・1番簡単なものからステップを踏んで

   難しいものへ
  ・もともと順序のないものにも

   順序を与えて考える
 ④枚挙
  ・反例がないか徹底的に眺める


まずは、
「世の中のすべてのものを徹底的に疑う」
 (方法的懐疑)


。。。


「考えている私」の存在自体を否定できない


。。。


「私は考える、それゆえ私はある。」
 (哲学の第一原理の発見)
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「私は考える、それゆえ私はある。」について
・「疑っている間の私」のみが確からしいのでは?
・「疑っている間の私」+

 「感覚している間の私」+…

   =複数の「私」の部分たちから「構成」された

 「複合」体的な「私」

・「私」が「考える」ためには、

 まずは「存在」しなければならないのでは?
 (論理的前提にすでに「私」がいるのでは?)
・「私がある」というのを「発見」した

 →「単純」な(継ぎ目のない)「私」?
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「精神」的な「私」は確実なもの

⇔「自然」(身体)の「私」は不確実
→ 精神実体(心/思惟) > 自然実体(身体/延長)


なので
精神実体は
自然因果(機械論的自然)

(自然実体が縛られている法則たち)
(すべてのものが法則に縛られていて、

ドミノの如く、

「風が吹けば桶屋が儲かる」の如く、

連鎖反応的に出来事がつながっている自然世界)
の外に存在 = 自由な主体
(まるで神様みたい(「神の似像」)
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心身二元論(精神と身体が別々であるとの主張)

について
・え、じゃあ、走ろうと思ったら走れるのはなんで?
 (精神実体と自然実体との間の

  因果関係を説明できない)
(デカルトはこの問題について

「松果腺」がどうとか言っているが...)
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