国際化、グローバリゼーションの違いと翻訳との関係を考えた
1. ローカリゼーションとはなにか
翻訳理論の探求として説明されるローカリゼーションではあるが、このローカリゼーションとはテクストよりも製品が前面に押し出され、通常、言語スキルだけでなく、情報技術やマーケティングが関わってくる。それは今ある製品が、新たな状況に向けて「準備」、「調整」、「適合」されていくプロセス全体を含んでいる。すなわち、製品をそれが使用され販売される目標ロケール(国・地域と言語)にとって言語的かつ文化的に適切なものにする作業全般を意味し、よって翻訳はその一部ということになる
2. ローカリゼーションと国際化
「スコポス理論」の「翻訳のコミュニケーション目的が達成されるよう翻訳すべき」とあるように起点から目的へテクストは移動し、その目標となるテクストは時代や地域文化によって表現が変更されることが前提とされてきた。しかし、この「ローカリゼーション」の概念は、起点のテクストから一般化された中間バージョンへとまずは移動させることが前提となる。この中間バーションの制作物が「国際化」バージョンと呼ばれるが、そこには国は全く関係しない。
国際化では翻訳に向けて製品を事前に整えておくことで、ローカリゼーションの作業は起点のテクストを参照せずに国際化バージョンから直接行えるようになる。
つまり複数のローカリゼーションの作業が同時進行することが可能になり、実際の翻訳工程を容易にかつ迅速に行え、作業効率を大幅に向上させることが可能になる。
これが意味していることは、経済のグローバル化において、世界中のローケルで主要製品群を同時発売することが可能になるということだ。この時代において製品のレベルだけでなく、マーケティングの資料のレベルでも迅速なローカリゼーションが求められ、そこでも同様に国際化バージョンの作業が行われている。
この国際化という概念こそが翻訳理論における新要素である。この国際化と言う工程があるがために製品開発後に異文化の新規ユーザーに向けて施される適合以上のものがローカリゼーションの特徴となる。例えば、国連でのスピーチ翻訳などには文化的適合に特別な注意を払う必要はないが、「国際化+ローカリゼーション」は字幕翻訳におけるハリウッド映画などで見られる。ハリウッド映画の場合、通常映画バージョンそのものや脚本の原本から翻訳が行われることはない。翻訳は世界中の翻訳者に用意された脚本から行う形態が増えている。その国際化バージョンとも言える脚本には文化特有の項目についての注釈や、その映画テクスト内で必要な相互参照、さらに誤訳を未然に防止するための注意書きまで含まれている。
聖書の翻訳プロジェクトや国際ニュースの翻訳など、様々な翻訳実践が「国際化+ローカリゼーション」のモデルで行われている。概して媒体のグローバル性や即時性が高いほどこれに該当する実践が多くあることが予想される。逆に媒体が伝統的で単一文化的、また通時的であればあるほど毎回起点言語から目標言語へと翻訳するような二項モデルをみることが多くなる。
3. グローバリゼーションとはなにか
翻訳とは通常起点テクスト産出後に行われるものと考えられてきた。しかし、ローカリゼーションにおいては、製品開発の段階で国際化の計画が織り込まれている為に製品とテクストの産出方法の見直しが理想とされ、この国際化における作業工程の再構築をグローバリゼーションと呼ぶ場合もある。一般的なグローバリゼーションとは海外での市場開拓を意味するが、ここでのグローバリゼーションとは製品のグローバル化に関する世界市場に向けたマーケティング、販売、サポート体制の整備及び、適切な国際化と製品設計をしたのちに、企業全体にローカリゼーションを統合させることを指す。
4.ローカリゼーションとテクノロジー
ローカリゼーションの影響は国際化バージョンの制作にとどまらず、テクノロジーによってその変化はさらに先へと進展している。例えばテクノロジーによりあらゆるローケルで必要とされる文字が表示できるようになった。また、起点を拡張させてあらゆるローカリゼーションの可能性に備えるということもある。起点言語を簡素化することで文書全体の構造言語が限定されかつ完全に制御された多言語対応の用語しか使われてない場合、そのローカリゼーション工程は、機械翻訳と後編集を用いるとほとんどが自動化される。
一方で、管理システムの進化による部分的なバージョンアップによるその部分だけの翻訳による生産性の向上、あるいはタグ付けなどによる非直線的な翻訳などによる国際化バージョンの即時の改訂、さらに翻訳メモリーの使用による異なる訳者による翻訳でも同様の言葉使いが確保される一貫性の向上などが、テクノロジーによるローカリゼーションの進歩としてあげられる。
これらのテクノロジーの発展の下では、翻訳理論はあたかも比較言語学や句レベルでの等価を論じていた語句や単語を訳しているに過ぎないという初期段階に戻ったとも言える。こうしてテクノロジーは広範な国際化のために使われ、ローカリゼーションに関わる新事象の根本要素となっている。今やこの人工的に作られた等価時代が到来している。こうして「一対多数」の処理はテクノロジーによって強化されている。
5.ローカリゼーションと翻訳
こうなると翻訳はローカリゼーションの全行程の一、二項目に過ぎないので、作業リストからみると文字の置換作業の翻訳はローカリゼーションの一部だと結論づけてしまいがちだ。だが、翻訳理論全体がローカリゼーションの枠組みを受け入れる必要はない。ローカリゼーションが特別な種類の翻訳に過ぎないという見方もできるからだ。すなわちローカリゼーションの新要素は国際化でありその結果として生まれる「一対多数」の翻訳プロセスでしかないという考えだ。翻訳者は、新しい市場での製品の成功を保証するかもしれない細かな文化的知識を持ち合わせており、句のレベルでの翻訳をさせるだけでなく、グローバリゼーションにおいてももっと活用されるべきだ。
6.ローカリゼーションの行方
ローカリゼーションと経済的グローバル化は密接に関係している。資本、商品、労働力の流動性が増えるので、文化間、言語間の境界超えでは、特に短期的な関係においては言語取得をするより安価だという商業的理由において翻訳が必要とされる。つまり翻訳は生産が行われる中核的言語から消費が行われる周辺言語へのという動きをし、経済のグローバル化で重要な「一対多数」の構図で特徴付けられる。
もし、ローカリゼーションが単に経済的グローバル化を追うだけのものならば、すべての文化は製品の国際化という大混乱に囚われてしまう。しかし、ローカリゼーション業界は言語と文化の多様性を擁護し、そしてロケールの力に対して積極的な関心を持っている。なぜなら、そこには市場が拡大する可能性があるからだ。すなわちローカリゼーション産業はグローバル化する経済関係のニーズを満たしつつ、グローバル化と密接に関係していく。そして翻訳に関係する文化に及ぼす影響は、これから明らかにされていくものである。
7.まとめ
国際化は「標準化」の重要な役割を担い、ローカリゼーションの思想は文化的多様性に基づき、そしてグローバリゼーションは輸送の伝達やコストを削減するテクノロジーの結果として生まれたものである。これらの違いが明確にされていることを意識できた。そして、ローカリゼーションの工程は、多様性の将来に影響を与える強力なテクノロジーを取り入れている。
現在のローカリゼーション概念によるテレビドラマ制作について言うと、自国以外で製作される翻訳ドラマが一番分かりやすい例と言える。だが、現在のテレビドラマは台本からローカライズされていることは皆無だと言っていい。これは本章における国際化バージョンの制作とは乖離している状態だと位置づけたい。現状の翻訳海外ドラマの制作体制は中核国で映像を編集した後に、まず出演者の喋った台詞音声トラックの編集を行う。そして、映像につける効果音(緊急車両音や足音、町の雑踏音に工事音、扉や窓の開閉音まで映像で聞き取れるほぼすべての音)の音声トラックと、劇版と呼ばれているドラマに当てる音楽トラックを制作する。翻訳されているドラマとは、この台詞音声のトラックのみを作りかえることになる。日本や欧米ドラマでは芝居と同時に収録するのが一般的だが、香港や中国ドラマなどでは台詞は芝居と同時に収録するのではなく芝居に合わせて音楽スタジオでアフターレコーディングするのでさらにローカライズしやすい。これが海外ドラマで言う国際化バージョンとなっていることになる。しかし、中核国でドラマを生産するにあたってはそこにローカライズするにあたる文化的配慮もなければ、世界普遍的なものを意識したドラマ作りも行われてはいない。よって、受け入れ国が商業的な取捨選択をして放送するのが一般的であり、現状である。
すなわちこれは、本章で言うところの「国際化バージョン」が作られることなく海外ドラマという特殊な概念で流通しているということである。だからこそ英語によって制作されているアメリカドラマは、あえて国際化バージョンなど制作しなくても、そもそも英語からの翻訳を施さず安価に流通が可能な英語圏の一部のアジアを始め世界的に流通し、日本ドラマとは比べ物にならないほどの市場と制作バジェットを獲得してきた。だがさらに最近では、前述したようにハリウッド映画に影響を受けてか『HEROES』をはじめ国際化を意識したドラマも意識して作られるようになってきていると考えられる。
これは、日本ドラマは現在のような制作体制の継続だけでは、今後ますます海外でローカライズを意識して制作されるようになるだろうハリウッドドラマには、商業的において勝機が見込めなくなると言うことだ。日本のドラマが今後、ローカライズを成功させ、世界的なマーケットを拡大していくには、日本もドラマ制作の冒頭から本章で言う国際化バージョンを意識して制作する必要性があると考える。すなわち、今後日本文化としてのドラマにおける国際化バージョンとはどのような形が最善なのかを模索する必要がある。こうしていくことで多様性が重要となる今後、ハリウッドドラマだけでなく、日本文化であるオリジナリティあふれるドラマも海外で受け入れられていくと考える。
そして本章の意図と同様、ローカリゼーション・パラダイムは国際化によって皆が同じ状況を普及させるという意図よりも、それぞれの違いを維持することにあると考えたい。これこそアイデンティティを維持しながら多様性を受けいれ、グローバリゼーションを実践していくための基本的な考え方であり、この実践をこれからの日本の課題、特に自分の問題に置き換えるなら日本ドラマの課題としたい。
要約参考文献
アンソニー・ビム『翻訳理論の探求』みすず書房 2010