2014/10/24
6831 おはようを言うのも少しぎこちなく特別な日は青くはじまる
6830 二人掛けシートに沈めつなぐ手のゆびはしずかに産毛と話す
6829 食べ慣れたモーニング終え今日はまだ終わらない目の前のあなたが
6828 パソコンを開いて仕事する顔をじっと見ている 初めてのかお
6827 カフェラテは冷めてしまってくちびるに固いカップをぼんやりあてる
6826 ごめんって謝らないでたくさんの無理を通してここにいるひと
6825 踊り出すつま先こらえ立ち上がる「いこうか」なんて囁く声に
6824 こないだはひとりで歩いていた川辺 ずっときれいだ小石でさえも
6823 くっついてベンチに座るそれだけのふたりに世界は嫉妬していい
6822 ねぇ今日は仕事の電話がよくくるね罪ばかり見せつけられている
6821 木漏れ日の小径をゆこう秋晴れはすこし痛いね責めてるようで
6820 いくつもの電車を乗り継ぎそのたびにシートの奥で語り合うゆび
6819 ちゃんとしたランチは初めてだと気づくスープカレーを冷ますくちびる
6818 ふわふわのキッシュを少し攫われて盗人よこんなことが嬉しい
6817 ごめんってまた席を立つ ひとりきりフォークでつつくピクルスひとつ
6816 なにもかもダメになるんじゃないかって不安ばかりで冷えていく皿
6815 窓ガラス越しにごめんと手振りするあなたを見つけ温まる視界
6814 ねぇ聞いて 真似して飲んだブラックがおいしいなんて初めて知った
6813 どれだけの初めてを生む今日だろう なにもかもあたらしく色づく
6812 信号を待つ数分にもうずっと当然みたいにすべりこむゆび
6811 大人二枚チケットを買いたぶん今日いちばんの楽園となる場所
6810 あなたとの薔薇園はたぶん二回目であの日もこんな秋晴れだった
6809 薔薇を見るより薔薇の名を読み上げて変な名前をあつめるあそび
6808 甘さより面白さばかり追うくせにつないだゆびは離さないひと
6807 「地面見て」言われてあわいしあわせを見つける手と手つながった影
6806 クスノキの並木を歩く今だけはわたしのものでいい腕を抱き
6805 ずっとずっと一緒にここに来たかった この手はほんとに本物ですか
6804 サルスベリ、サクラ、モミノキ、クヌギ、カシ、確信的に迷い込もうか
6803 木漏れ日の小さな池の淵に立つどうしようもなく抱きしめられて
6802 後ろからなんて卑怯だ心臓も肩も背中も熱に埋もれて
6801 色づいた葉っぱよ降れよくちびるにふれあうことが赦されるなら
6800 こらえあう熱をうつして音のないことばを伝えあうくちとくち
6799 いつだって足りない熱の残る手でしずかな頬を撫ぜる わかって
6798 今わたしぜんぶに満ちるしあわせのきっとかけらも伝えていない
6797 記念日と呼んでいいかな体温と同じカフェラテ分け合いながら
6796 奇跡にもおしまいはくる帰り道いつものとおり無口になるね
6795 あと五分ホームのベンチに腰掛けて最後の熱をうつしあうゆび
6794 どうですか長いデートを今終えて嫌いなわたしを見つけましたか
6793 これまでで今がいちばん好きなんてことばで抱きしめてしまうひと
6792 おしまいのさいごのさいごに離すゆび 次いつふれるかわからないゆび
6791 いつもとは逆の立ち位置 見送ってもらうってこんな気持ち いたいね
6790 閉まるドアの向こうでそんな顔をして攫われたのはわたしの方だ
6789 流れだす窓にひたいを押しあてて見送る秋は沈みゆく青
※折本歌集「あきのひ」掲載