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江戸町巡り

【南葛飾】亀戸清水町

2017.12.24 11:06

町名:亀戸清水町

読み方:かめいどしみずちょう Kameido-Shimizuchō

区分:町丁

起立:1664(寛文4)年

廃止:1869(明治2)年

復活:1872(明治5)年 小字として

廃止:1915(大正4)年8月30日

冠称:1869(明治2)年まで「亀戸」

現町名:江東区亀戸一丁目

概要:葛飾郡西葛西領のうち。古くは亀戸村のうちで、1664(寛文4)年に百姓町屋が起立され、1697(元禄10)年に町並地となる。

『葛西志:東京地誌史料第1巻』によると、最初は横十間川の西側の深川北松代町三丁目の地にあったようだ。さらに北町奉行の1682(天和2)年の訴訟状によれば、古くは上野山下の辺りにあったのを1661(寛文元)年に本所茅場町本所柳原町等と同時に移転してきたようだ(1664(寛文4)年起立ともいわれる)。その後、何らかの経緯があって、この地と大横川 法恩寺橋の西側に分けられたと思われる。また、町名の由来を不明とし、亀戸村の小名清水耕地に由来するという(備考)説もある。検地は1697(元禄10)年、石高は12石余(備考)。のち町奉行・代官の両支配。文政年間(1818~1830年)の家数19軒(町方書上)。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、本所亀戸町に編入となり消滅。その後1872(明治5)年、東京府南葛飾郡亀戸村に編入され、亀戸村大字小梅字清水となり、「字」として復活。1889(明治22)年5月1日、亀戸村が町制施行し、東京府南葛飾郡亀戸町大字小梅字清水となる。1915(大正4)年8月31日、亀戸町のうちに字一~九丁目が成立、一丁目に編入となったことで「字」としても消滅。なお、字一~九丁目までの区分けは1932(昭和7)年10月1日の東京府東京市城東区成立時に「字」が外され、現在まで継続。

※Wikipediaでは亀戸町の大字撤廃について、「江東区の町名」は1915(大正4)年としているが、同じく「亀戸町」は1925(大正14)年11月10日としている。

撮影場所:亀戸清水町

撮影地:江東区亀戸一丁目5番7号(錦糸町プライムタワー)

天神町 カメイトムラ丁