お笑い芸人の名前が登場する小説3選
今回はポラン堂古書店の紹介とは、少し趣向が違いまして、お笑い芸人の名前が登場する小説3選というのをやってみたいと思います。
佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』
お笑いコンビ、アルコ&ピースがパーソナリティを務める『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』のヘビーリスナーが主人公の小説です。
物語のメインとなるのはお笑い芸人ではなく、ラジオリスナーである彼の生活やリスナー同士(ハガキ職人同士)の交流ですが、大学を休学し、人との交流を断って、コンビニバイトをしながら深夜ラジオに合わせてシフトを調整する彼の日々には、生きがいである深夜ラジオが『爆笑問題カーボーイ』『伊集院光 深夜の馬鹿力』『おぎやはぎのメガネびいき』など、数々登場します。
展開としても、面倒くさくてコミュ症な主人公にじわじわと友人に満たされていくのが楽しくて素晴らしい。特に天才ハガキ職人な女子高生の佐古田が可愛くて、発作的に彼女に服を買いそろえ美容院へ連れていく佐古田改造計画の場面とか、ベタだけどすごく心に残っています。可愛くて。
しかし終盤は『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』が継続するのか、改変期を乗り切れるのかというところが物語の焦点ともなります。この青春が並走している感じ、タイトルの「明るい夜」がまさしくそれで、読後も素晴らしい一冊です。
(同僚の鹿沢に初めて好きなラジオの話をする場面)
「金曜深夜、正確には土曜一時スタートのアルコ&ピースのオールナイトニッポンです」
「ああ、オールナイトニッポン……」
鹿沢の声が少しぼやけたので、情報としては知っていても、おそらくは一度も聞いたことはないんだろうなと思う。
木曜日、午前四時前、店内には一人の客もいなくて、鹿沢が休憩から戻ってきて、品出しをしていた俺のところにふらっと寄ってきての会話だった。
「前は、この時間にやってたんですよ。木曜日の三時から。アルピーは二部担当だったから。アルピーって、アルコ&ピースの呼び名です。アルコって呼ぶ人もいるけど。太田プロのコンビ芸人です。知りませんか? だいぶ名前売れてきたんですけど。太田プロって有吉がいる事務所です。有吉弘行は知ってますよね? 有吉の後輩です。有吉のラジオのアシスタントをアルピーはやってたんです。俺はそこで存在を知って、面白いなって思って。オールナイトを初めて担当したのは、二〇一二年の八月三十一日なんです。大抜擢ですよ。めっちゃ面白くて。単発で三回やって二部のレギュラーになったのもビックリですけど、まさか一部に昇格するとは。すっごいことなんです!」
俺は嫌がらせのようにまくしたててやった。さあ、ひけ。どんびけ。どっかいけ。
『明るい夜に出かけて』本文より
津村記久子『エヴリシング・フロウズ』
関西の中学三年生を主人公にクラス替えから、受験、卒業、高校入学までの一年をまさしく等身大に、リアルに描いた作品。不思議とジュブナイルと思えないのは、あまりに完璧ではない青春を誰もが送っている、その世知辛さなのかもしれず、実に迫る共感性からかもしれず。
「自転車」というのが要所要所で雰囲気を作り上げていて、例えば漫画でもドラマでも学園ものというと画的に(?)なのかあまり自転車が使われないのですが、『エヴリシング・フロウズ』の彼らの日常には当たり前の移動手段としてあるんですよね。私も自転車通学でしたから、何も珍しくはないのですが、うまいこと、歩きでもなければ車でもない存在なんだなと、しかしスピードをもって彼らの青春を運んでいくんだなと、役割をもってみえます。時たますれ違うように別の中学に通う元同級生のフルノと会うのですが、彼女が自転車に乗ってイケアやらガラシャ像やらへ向かっていくのがなかなか印象的で、好きな登場人物でした。
彼らのリアリティを補完するものとして天保山の『ミュシャ展』であったり、『探偵ナイトスクープ』のネタやら、漫画『ウォッチメン』を貸したら小説『李陵』が替わりに寄越されたりやら、多くの実在の名が登場するのですが、芸人についても関西らしく、年末の『オールザッツ漫才』を見た話から、なかなかディープになります。
大阪天満宮の駅に到着した時点で、すごい人出だったので、お詣りをスムーズにすませることを諦め、天神橋筋商店街に向かう人ごみの中で、銀シャリとかまいたちと天竺鼠とさらば青春の光と学天即ではどれがいちばん面白いのかという結論の出ない議論をした。ヒロシは、さらば青春の光とか天竺鼠を見ていると、たまに笑うを通り越してびっくりする、と言い、フジワラは、話に上がった五者を、二極化していて、かまいたちが比較的中庸である、みんながもう少し有名になれば、関西のお笑いはとても懐が深いことになるであろう、と分析した。どうもねえちゃんが言っていたらしい。
『エヴリシング・フロウズ』本文より
今回のブログテーマを思いついたきっかけの一つに、ここで五組の現在売れっ子な芸人たちが取り上げられていた、とこの小説を回顧したツイッターの呟きを見たというのがあります。『エヴリシング・フロウズ』は2012年に連載というかたちで初出した作品です。
吉川トリコ『夢で逢えたら』
『笑っていいとも!』に出るのが夢だったのに、番組が終わり出ることが叶わなかった、という冒頭で物語は始まります。主人公は女芸人「Hi!カロリー」の金木真亜子。テレビへの憧れゆえに古典的な女芸人であり、奇想天外な発想力もキャラクター性もなくクイズも大喜利も苦手という彼女ですが「テレビ勘」があるという一点の強みがあります。それがやがて時世を読むことに生かされていくという、最後の熱い展開も見どころです。
もう一人の主人公にアナウンサー、上垣内佑里香がおり、要するに女芸人と女子アナという枠にはまった二人が出会い、喧々諤々しながら、自分の進みたいほうへ一歩進むという素敵な物語になっています。二人のキャラクターがとっても人間らしくていいのです。
タモリさん、関根さんからEXIT、Aマッソまで、挙げたらきりがないほどの芸人さんの名前が出てきます。『笑っていいとも!』が終わった2014年から、コロナ期に突入するまで、時代と並走して彼女たちは存在しており、実際「闇営業騒動」で名古屋のテレビ局制作番組のスケジュールが飛んでしまい急遽、互いに落ち目だった女芸人と女子アナの番組が始まる……なんて、リアルが過ぎて笑ってしまいます。
二人ともがそれぞれに、男性中心の慣習が抜けないテレビや社会全体に憂いを抱きながらも、実在する芸人、バラエティ番組やドラマ、ヒットソング、ギャグを口にするたび、その愛着を滲ませるのもこの作品の素敵な特徴です。いっせいに挙手してどーぞどーぞとか、ちょっと待ってちょっと待ってお兄さんとか、しのびねぇな、かまわんよ、とか挟まれる小ネタにいちいちニヤニヤしてばかりでした。
世は無常。
いつまでも同じところに留まってはいられない。
みんな変わっていく。
バカルディはさまぁ~ずに、海砂利水魚はくりぃむしちゅーに、山崎方正は月亭方正に……。
めちゃイケもみなさんのおかげも終了した。平成の終わりに嵐まで活動休止を発表した。
諸行無常にも程がある。
そして迎えた令和元年。
『夢で逢えたら』本文より
正直に言って、私の読書量の少なさもあるのですが、芸人さんが登場する小説というのは少ないと思います。音楽やイベントや、そういった実在のものが登場する世界観でも芸人やそのギャグというのはまた別なのでは、と思ってしまいます。
上記をまとめていて思ったのはあまりにも時代が限定されてしまうということ。アルピーのANNのレギュラーは一部二部含めても2016年迄、銀シャリかまいたち天竺さらば学天即の五組を関西の少年たちがあんなふうに語ることができるのは2010~2015年の間となるでしょう。まるで一つのものから季節をあらわす季語のように、芸人の名というのが時代をあらわす時代語のようだと思います。時代語は時代が終わった後、古い、となります。最後『夢で逢えたら』から引用したように、それは諸行無常。時代はシビア過ぎるのです。
小説の理想とは普遍的に読み継がれること、流行り言葉はつかってはいけないと大学の時、創作の授業で教わりました。今でも正しい言葉だと思います。けれど、芸人さんの名前は私の知る言葉として確かにあって、ちょっと小突いただけでこうして花が咲くほど、小説のなかにもあったら嬉しいのよな、と、そんなことを思ったりもします。実際、未来に何が残るかなんて、本当のところはわかりません。
『夢で逢えたら』の最後の一文におでん芸の比喩が出てくることも、その芸人さんの名前まで、ちゃんと一冊の本に残っているわけですので。