日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 20
日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄
第一章 朝焼け 20
昼から午後にかけて、全てのテレビ局はこの爆破テロのニュースばかりになった。民放も一部を除き手海老コマーシャルをやめて、緊急報道体制を取った。
「いったいだれが何の木体で爆破したのでしょうか」
「さあ、まだ犯行声明も何も出ていないということですから」
テレビ番組では、物知り顔のコメンテーターや専門家と名乗る人物が、好き勝手なことを言っている。なかには、イスラム原理主義のテロ集団が日本に入ってきて戦争を仕掛けたなどというような話も出てくるし、アメリカが現在の阿川慎太郎内閣を破棄するために工作したなど、好き勝手な話をしていた。ネットもざわつき、ユダヤ教集団やフリーメーソンなどの団体が、日本をはじめに人類の浄化を始めたというような話をしている。
日本人というのは、本当に無責任な陰謀論や解説を行う民族であり、自分が狙われるとか、どうやったら次の危機を無くすことができるかということを全く考えない。そのような日本人の「平和ボケ」に、東御堂信仁も、嵯峨朝彦も、いらだっていた。
「朝さん、どう思う」
旧華族会館「尚公会」の旧皇族・旧華族の集まる部屋には、数名の旧皇族や旧華族が集まっていた。何か不安があったり、または皇室に何がある場合は、基本的にはここに集まるようになっていた。
今回は、皇居が襲撃されたのである。それも四トントラックに満載した爆弾が爆発し、祝田橋交番が完全に吹き飛んでしまったほどの爆発であったのだ。関東大震災と東京大空襲以外で、皇居そのものが壊されるのは、非常に珍しい事である。
「しかし、東御堂さん。国会通でも大きな爆発がありました」
すでに、夕方になっている。
この時間になれば、事件の概要や被害の大きさはだいたい見えてきている。その情報によれば、皇居の方は爆発の大きさの割には、被害は少なかった。死者は、確認できているだけで、交番の三人の警察官だけであり、あとは怪我人、それも爆音によって耳や目などに問題が生じた人や、あるいは、気分が悪くなった人などがほとんどであった。一方、国会通りの爆発は、爆発の規模は少なかったものの、朝のラッシュの中での爆発であったので、自動車に閉じ込められた李、あるいは歩行中に爆発に巻き込まれたり、ビルのガラスが刺さったりで、死者数十名、負傷者が軽症者を含めると数百名に上る第三次になったのである。
当然に、ここに集まった人々の中には、被害者の人数で規模を計ってしまう人も少なくない。先の発言は、その方なテレビの情報に流された旧華族のものでしかなかった。
「黙れ、被害者の多寡ではない。皇居が、陛下が狙われたことが問題なのだ」
東御堂信仁は、立ち上がって怒りの声を上げた。そこにいる誰もが、みな、手を止め、会話をやめた。鶴の一声という言葉があるが、まさにその通りであった。
「いいか諸君。わざとわかりやすく言ってやるが、天孫降臨し天の命を受けてこの地上を平らかに治めるよう言われて、朝廷を開いて以来、我ら皇族と君たち公家は、天皇の仕事を補佐するのが仕事である。いや、天皇の仕事を補佐することが、この地上を平らかに治めることにつながるのであるから、我らの仕事は、まさに世を平らかにすることが最も大事な仕事なのではないか。もちろん、多くの人が傷つき命を失ったことは残念であるが、それも、天皇の仕事を補佐する我らの力不足により地上を平らかにすることができなかったからに他ならないのではないか。その天皇が、葉山の御用邸に行幸されたとはいえ、その天皇の居場所を襲撃され、何事もなかったかのようにしている公家などがあろうはずがないではないか。人数の多寡ではない。いや、人数の多寡を考えるのであれば、初めから皇居の前に爆弾を満載したトラックを止めるはずがない。つまり、人数がい多いところに止めたトラック、つまり国会通りが陽動作戦であり、本当の狙いは天皇である。それくらいのことも見分けがつかんでどうする。良く世の中を見よ。そして、天皇を助けろ。それが我らの役目だ」
それだけ一気にいうと、東御堂はまた椅子に深く腰を掛けた。そして目の前にある水割りを、大声を出して乾いたのどに染みさせた。
「信さん」
「朝彦、そういうことだ。これは、間違いなく大沢三郎と、陳文敏の仕業だ」
さきほどの話した声とは打って変わって、耳を近づけなければわからないような声である。
「私もそう思います」
「すぐに官邸にいる今田陽子に情報を出させろ。四谷の事務所には私もゆくようにする」
「わかった」
「それと、樋口と平木に、葉山に向かうように言ってある。そのつもりで」
何事もないかのように、東御堂は言い放った。もちろん葉山御用邸の中には、この二人は入ることはできないに違いない。しかし、何か異常があったり、あるいは爆弾を積んだトラックなどがないように、二人に見張らせるという。
「まあ、多分数日はないだろう。しかし、何故国会通りに爆弾を仕掛け、目をそちらにそらさせたのかが気にかかる」
「はい」
「まあ、そういってはいるが、我々老人は、足手まといにならないようにここにいるしかないのだがな」
東御堂は、新たな水割りを作って、また深く椅子に腰かけた。周りの人々は、皆二人のことを見ている。しかし、それ以上のことは何もしなかった。
「凄いことになりましたね」
一方、こちらは、赤坂の霞町飯店である。
この日、あまりの事故の大きさから、衆議院も参議院も一日審議を休むことで与野党が合意し、政府は対策本部を官邸に作って対処をした。国家公安委員長や、外務大臣などが集まり、情報の収集と、まずは負傷者の救助、そして、隠れている負傷者がいないかの捜索を行うように指示が出された。また、まだ見つかっていない爆発物がないとも限らないので、警察だけではなく、自衛隊も動員された。東京駅から国会までの一帯だけではなく、皇居周りである竹橋や半蔵門、麹町あたりまで、全ての通りが封鎖され、自衛隊と警察官がくまなく捜索を始めることになった。
そのよう国会が審議中止になってしまったので、野党である立憲新生党は特にやることもなくなってしまった。とはいえ、野党だからといって何もしないというわけにもいかず、一応永田町にある政党本部でこれからの対応を会議し、その後、解散したのである。
「なるべく目立たないように、だそうだ」
「だから個室ですか」
議員である岩田智也は、大沢三郎の招きで一緒にここに来ていた。
「いちいちうるさい」
「はい、でも、なぜ飯倉ではないのですか」
飯倉、とは、陳文敏の飯倉片町奉天苑の事である。
「今行けば、自分が犯人だといっているようなものだろう。痛くない腹を探られないためには、赤坂か永田町近辺にいるのがちょうどよい」
大沢は、そういうと自らの前にあるビールを自分のコップに注いだ。普段は自分の飲みたい時に、飲み大量岳を飲むということで、自分で自分のコップに注ぐのが大沢の癖である。
「自分で犯人ということは」
「青山君と岩田君は、すでに見ているとおり、陳さんのところであった松原君が、今回の仕事をした。もちろん、彼があんなに爆弾を仕入れられるわけがいないから、陳さんが仕入れてきたものだ」
青山は、軽くめまいがした。もちろん大沢に気づかれるようなことはなかったが、しかし、これだけの犠牲が出ていることを、自慢げに話す大沢に、何か大きな違和感を感じていたのである。
「まあ、取り合えず食べ給え」
世の中では、まだ必死に救助活動をし、また爆発物を探している。それなのにこんなことをしていていいのか、青山優子は、戸惑いを感じながら、それをここで大沢に見せてはいけない気がしていた。