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Botanical Muse

続・心の贅沢を味わう

2018.01.04 08:27

謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。

今年も皆様が笑顔溢れる一年でありますように。  森岡恵美子

                  



わぁー、この世には映画に出てくるような女性が本当にいるのね。私は素直に感動し、お母さまの子分と決めこんだ。パリやイタリア製のドレスがよく似合う宝石みたいな華やかさがありながらも、とてもナチュラルな女性である。一緒にいるとリラックスできる優しさが漂っている。美しいこと、品のいいことといったらない。


「女優さんでも、こんなにキレイな人はいないわ」お母さまはごく当然のこととして、私へのチヤホヤを加速させる(本当に、本当に)

私は感激した。突然こんなことを言われた嬉しさに、私はもう二の句が継げなくなってしまったほどだ。

お茶の用意のため、キッチンへとお母さまは席を立った。

Aちゃんのいいところは、美しい容姿はもちろんだが、余計なことを一切言わない頭の良さだ。が、私は急に宗旨変えした。

「今、お母さまが私に言われたこと聞いていたわよね。こういうウワサは、うーんと言いふらさないとダメよ。ここはそういう流れなんだから」私はものすごいエネルギーをかけて、Aちゃんを釈伏した。私はAちゃんの顔をのぞき込む。あんなお世辞を本気にして、とその顔は言っていた。


お母さまは紅茶セットをもってリビングへ戻ってきた。それまで和気あいあいとしたリビングの空気はちょっと普通ではない感じになった。パッと身を正す私。

お母さまの目が光った。ティーポットに熱湯を高い位置から注ぎ、ダークチョコレート色の立派な茶葉をジャンピングさせた。正真正銘の宗匠ではないか。私はお茶を入れるのに、こんなに真剣な人を初めて見た。


カップに注がれた燦然と輝く蜂蜜色のダージリンを私はひとくちいただいた。

さて困った。私は食いしん坊で大食いということだけで、鋭敏な舌を持っているわけでも知識があるわけでもない。だからこういう時、うんちくの言葉がまるっきり出てこないのだ。

「すいません。不調法なもんで、、、」私は笑って誤魔化し、パスしようと思ったのであるが、とてもそういう雰囲気ではない。「お味はいかがかしら」この質問をお母さまは喉の奥で転がしているのがすぐにわかった。

冷や汗が出る、なんていうもんじゃない。困惑と苦悩のあまり、涙がこぼれてきそうになった。

仮にも私は講師、一応、先生と呼ばれる身の上である。それなのに才気の切れっ端すらないなんて、永遠に笑い者だ。

こういう時、とっさにいいことを思いつくのが、知恵の足りないものの特技であろう。

私は″香気に酔いしれる″ふりをしてカップを顔に近づけて、もうひとくち口に含むことに成功した。私は脳ミソを雑巾のようにギュッとしぼって考えた。頑張った。感じたことを自分の言葉で言った。

「お口に合って良かったわ」お母さまは頬をかすかに上気させて、目を細めた。


このことはお母さまをいたく喜ばせたらしく、私をキッチンへと招いてくれた。

そこでもすごい世界が展開されるのである。私はそこで豪華な食器がどっさり並んでいる壁一面の棚を見たのだ。なんという贅沢、なんという幸福。食器というのは、世界のさまざまな国から届けられた花束のようだ。茶碗に、皿に、閉じ込められた花々が優雅に香り立つ。英国の食器はいかにも上品で、フランスは華やかな美しさがある。そんなことをひとつひとつ確かめていくのは本当に楽しい。

「これは冬のデンマークで出会った食器なの」お母さまは旅の思い出を交えながら、その案内を見事にしてくれたのである。食器に造詣が深いのもさることながら、すごいのは日本語の発音だ。この方が「冬」と舌にのせると、それだけで冷たい風が吹きすさぶデンマークの街並みが浮かび上がってくる。言われているとおりの世界が見えてくる。


お母さまはまさに″生きていることが芸術″という女性である。一緒にいると美的感覚が刺激されて、なんともいえぬ快感にひたることができる。私はお母さまの目をカメラのようにして、その世界のあちこちに分け入っていく。この世の中には美しくて、価値あるものが確かにあるのだと思える。私はこういうことをちゃんと心の中にメモしておくのだ。

こんな風にして私の冬の日は過ぎていった。