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『木の名前』『草の王』ほか

2022.05.16 06:46

http://a-un.art.coocan.jp/za/essay/kyoko-i.html 【[俳句をめぐるコラム]

石田郷子作品をめぐって】(『木の名前』『草の王』ほか)

■5 (句集『草の王』)

 石田郷子さんの句集『草の王』(ふらんす堂、2015年)を拝読しました。「「木語」終刊、父の死、そして「椋」創刊という、忘れることの出来ない年から、もう十一年。ようやく句集をまとめることができました」。短いあとがきは、このように書き出されています。ひとりの読者として、この一冊を待っていました。前集『木の名前』(ふらんす堂、2004年)から11年。ああ、そうなのだ、と思います。

濡れてゆく鬼灯市の人影も  石田郷子   ざりがにの道に出てゐる野分あと

教会のやうな冬日を歩みをり        吹雪いたり霽れたり春の刻々と

砂に手をおいてあたたか秋彼岸       塩振つて飯かがやきぬ十三夜

仰ぎゆくニレ科ムクノキ春浅し       草取の人の大きく立ちあがる

杉山のけぶつてゐたる網戸かな        なまぬるき風に開きて白日傘

 惹かれた作品を10句だけ引きました。別の日に選べばまったく別の10句かもしれないな、と思いながら、きょうはこの10句です。

花合歓の下に車のドアひらく             芽吹山眼鏡かけたりはづしたり

はつあきを当てずつぽうに歩き出す

 そして3句ほど追加すれば、こんな作品。動詞が中心で、その素直さのようなものが一句の魅力となっている作品。一句としてはすこし緩いかもしれませんが、それも俳句と思います。

 「毎朝のように霧に覆われ、野生の動物たちの気配が濃厚なこの谷間の地で、これからも椋の人たちとともに俳句を作ってゆきたいと思います」。あとがきは、こう閉じられています。

石田郷子句集『草の王』(ふらんす堂)


■4 (「椋」第29号)

筍をたんと食べきしをのこかな  石田郷子

 俳句雑誌「椋」第29号(2009年8月)の石田郷子さんの「花葵」10句のなかの一句です。

 なんでもないような、というより、なんでもない一句。ただ、「たんと」という3音に惹かれた一句です。すこし説明的にいえば、「食べきし」だから「たんと」が活きているのだし、「をのこ」がひらがなだから魅力的なのだし、もうすこしいえば、「かな」がとても効いていて、などなど。

 いろいろいうことはできます。しかし、私にとっては、「たんと」がとても懐かしいのです。それはなにかを思い出すから懐かしいのではなく、ずっとあこがれていた懐かしさ、そんな言い方ができるかもしれません。変な言い方かもしれませんが、そんな懐かしさがとてもうれしいのです。

俳句雑誌「椋」第29号

■3 (「椋」第10号)

花桃を見てゐてはうれん草貰ふ  石田郷子

 「椋」第10号(2006年6月)の石田郷子さんの作品「花すもも」10句のなかの1句です。

 桃の花を見ていてほうれん草を貰うことなんかあるのでしょうか。ありそうだといえばありそうな…。不思議な句です。花桃という季語、そして歴史的仮名遣いのやわらかさが、なんだかありそうな気にさせてくれます。

■2 (「椋」第3号)

東風吹いて少し顔ぶれ変りけり  石田郷子

白雲の水に映れる葦の角

松の葉に万の雫ぞ赤彦忌

 「椋」第3号の石田郷子作品「日輪」10句より引きました。俳句は小さな詩型だということをあらためて思います。そして、その小ささが魅力なのだと。

 俳句という詩型の、あるいは俳句という営みのよさを知ることができる作品です。私にとっては同世代の先輩ですが、こうした作家の作品を同時代的に読めることをうれしく思います。 なお、「椋」は椋という名にふさわしい手触りの用紙の、本文36ページの小さな雑誌です。

■1 (句集『木の名前』)

 石田郷子さんの句集『木の名前』(ふらんす堂、2004年)を拝読しました。

高枝に夕日のあたる斑雪かな  石田郷子   白鳥の帰るつもりの声そろふ

むかうから日当つてくる春の芝        まだそこにきのふがありし落椿

火の色の見えてきたれる春田かな       菜の花のふくらんでくる涙かな

押し合つてゐる海と川初ざくら        笑ひたる声の残れる桐の花

へうたんの花咲く稽古囃子かな        一つづつみかんの坐る机かな

冬近し叱られてゐる影法師          話したきことがたくさん桃の花

柚子の実に飛行機雲の新しき         これよりの冬百日の葱太し

まなざしを向けてくる馬草の花        牛乳のいろに朝来る濃りんだう

鉄瓶の湯気あがりゐる紅葉かな        呼ばれたる顔のまま来る春田かな

裏口のあけつぱなしの薔薇の雨        桜の実夕日のなかに入りけり

 しなやかな作品群だと思います。それはまずことばのしなやかさですが、それよりも著者・石田郷子さんの精神のありようを思わせます。一句十七音にものごとが圧縮されているのではなく、ちょうど十七音の、あるいはそれに余裕をもったことがらが掬い取られている。そんなたたずまいです。

 季語の斡旋の確かさが、これらを支えています。

石田郷子句集『木の名前』(ふらんす堂)

石田郷子句集『木の名前』(ふらんす堂)

初出:<Made in Y>

(1=雑記帳116:2004.19.3 2=雑記帳136:2005.4.20 3=雑記帳176:2006.6.11 4=雑記帳318:2009.8.9)

[関連項目] 俳誌「星の木」をめぐって