『木の名前』『草の王』ほか
http://a-un.art.coocan.jp/za/essay/kyoko-i.html 【[俳句をめぐるコラム]
石田郷子作品をめぐって】(『木の名前』『草の王』ほか)
■5 (句集『草の王』)
石田郷子さんの句集『草の王』(ふらんす堂、2015年)を拝読しました。「「木語」終刊、父の死、そして「椋」創刊という、忘れることの出来ない年から、もう十一年。ようやく句集をまとめることができました」。短いあとがきは、このように書き出されています。ひとりの読者として、この一冊を待っていました。前集『木の名前』(ふらんす堂、2004年)から11年。ああ、そうなのだ、と思います。
濡れてゆく鬼灯市の人影も 石田郷子 ざりがにの道に出てゐる野分あと
教会のやうな冬日を歩みをり 吹雪いたり霽れたり春の刻々と
砂に手をおいてあたたか秋彼岸 塩振つて飯かがやきぬ十三夜
仰ぎゆくニレ科ムクノキ春浅し 草取の人の大きく立ちあがる
杉山のけぶつてゐたる網戸かな なまぬるき風に開きて白日傘
惹かれた作品を10句だけ引きました。別の日に選べばまったく別の10句かもしれないな、と思いながら、きょうはこの10句です。
花合歓の下に車のドアひらく 芽吹山眼鏡かけたりはづしたり
はつあきを当てずつぽうに歩き出す
そして3句ほど追加すれば、こんな作品。動詞が中心で、その素直さのようなものが一句の魅力となっている作品。一句としてはすこし緩いかもしれませんが、それも俳句と思います。
「毎朝のように霧に覆われ、野生の動物たちの気配が濃厚なこの谷間の地で、これからも椋の人たちとともに俳句を作ってゆきたいと思います」。あとがきは、こう閉じられています。
石田郷子句集『草の王』(ふらんす堂)
■4 (「椋」第29号)
筍をたんと食べきしをのこかな 石田郷子
俳句雑誌「椋」第29号(2009年8月)の石田郷子さんの「花葵」10句のなかの一句です。
なんでもないような、というより、なんでもない一句。ただ、「たんと」という3音に惹かれた一句です。すこし説明的にいえば、「食べきし」だから「たんと」が活きているのだし、「をのこ」がひらがなだから魅力的なのだし、もうすこしいえば、「かな」がとても効いていて、などなど。
いろいろいうことはできます。しかし、私にとっては、「たんと」がとても懐かしいのです。それはなにかを思い出すから懐かしいのではなく、ずっとあこがれていた懐かしさ、そんな言い方ができるかもしれません。変な言い方かもしれませんが、そんな懐かしさがとてもうれしいのです。
俳句雑誌「椋」第29号
■3 (「椋」第10号)
花桃を見てゐてはうれん草貰ふ 石田郷子
「椋」第10号(2006年6月)の石田郷子さんの作品「花すもも」10句のなかの1句です。
桃の花を見ていてほうれん草を貰うことなんかあるのでしょうか。ありそうだといえばありそうな…。不思議な句です。花桃という季語、そして歴史的仮名遣いのやわらかさが、なんだかありそうな気にさせてくれます。
■2 (「椋」第3号)
東風吹いて少し顔ぶれ変りけり 石田郷子
白雲の水に映れる葦の角
松の葉に万の雫ぞ赤彦忌
「椋」第3号の石田郷子作品「日輪」10句より引きました。俳句は小さな詩型だということをあらためて思います。そして、その小ささが魅力なのだと。
俳句という詩型の、あるいは俳句という営みのよさを知ることができる作品です。私にとっては同世代の先輩ですが、こうした作家の作品を同時代的に読めることをうれしく思います。 なお、「椋」は椋という名にふさわしい手触りの用紙の、本文36ページの小さな雑誌です。
■1 (句集『木の名前』)
石田郷子さんの句集『木の名前』(ふらんす堂、2004年)を拝読しました。
高枝に夕日のあたる斑雪かな 石田郷子 白鳥の帰るつもりの声そろふ
むかうから日当つてくる春の芝 まだそこにきのふがありし落椿
火の色の見えてきたれる春田かな 菜の花のふくらんでくる涙かな
押し合つてゐる海と川初ざくら 笑ひたる声の残れる桐の花
へうたんの花咲く稽古囃子かな 一つづつみかんの坐る机かな
冬近し叱られてゐる影法師 話したきことがたくさん桃の花
柚子の実に飛行機雲の新しき これよりの冬百日の葱太し
まなざしを向けてくる馬草の花 牛乳のいろに朝来る濃りんだう
鉄瓶の湯気あがりゐる紅葉かな 呼ばれたる顔のまま来る春田かな
裏口のあけつぱなしの薔薇の雨 桜の実夕日のなかに入りけり
しなやかな作品群だと思います。それはまずことばのしなやかさですが、それよりも著者・石田郷子さんの精神のありようを思わせます。一句十七音にものごとが圧縮されているのではなく、ちょうど十七音の、あるいはそれに余裕をもったことがらが掬い取られている。そんなたたずまいです。
季語の斡旋の確かさが、これらを支えています。
石田郷子句集『木の名前』(ふらんす堂)
石田郷子句集『木の名前』(ふらんす堂)
*初出:<Made in Y>
(1=雑記帳116:2004.19.3 2=雑記帳136:2005.4.20 3=雑記帳176:2006.6.11 4=雑記帳318:2009.8.9)
[関連項目] 俳誌「星の木」をめぐって