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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

48年革命6革命の波ハンガリー,ベルリンへ

2022.05.16 09:20

ハンガリー革命を主導したのは議員コシュート・ラヨシュである。彼は先進的弁護士で、投獄経験も持っている。3月15日、民衆は報道の自由や農奴制の廃止、内閣樹立などの12条の要求を掲げて首都のデモ行進を行い、それからペシュト蜂起などが起こり、反乱は全国に広がった。

王国政府は、そこでラヨシュを首班とする政府と新たな国会を創ることが認められた。12条の要求は4月法として成文化され、4月11日、皇帝フェルディナンド1世が署名した。しかしそのためにはハンガリーで徴収した税金をオーストリアが吸い上げるのが問題となる。

プロイセンでも革命が起きた。プロイセン王は1820年に憲法制定を約束していたがずるずると伸ばしていた。2月革命の影響を受けて、ラインラントで反乱が起こり、ケルンでは国王への請願が出された。3月18日、ベルリンでこの請願を提出するための大規模なデモが行われた。

フリードリヒ・ヴィルヘルム4世は、憲法制定の勅令を出した。しかし集会に向かって銃声が鳴り、ベルリンでも市街戦が始まった。数百人の市民の犠牲が出て、国王は軍の撤退を命じ、3月29日、自由主義者のカンプハウゼン首相のプロイセン史上初のブルジョア新内閣ができた。