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とある冒険者の手記

V.想いと気遣い

2022.05.17 08:17

ヴァルが男になって数日が経った。

ガウラとの関係はほとんど何も変わらなかった。

唯一、変化があったとするならば、昔のようにヴァルがフロアソファ等で1人で寝るようになった事ぐらいだった。


(ハウジングして、部屋を作るか…)


流石に一緒に住んでる者が、そんな所で寝ているのが心苦しく、そう思い立つ。

クリスタルコンフリクトの帰りに、ハウジングの素材や家具なんかを買い漁り、ヴァルの待つ自宅へと向かうと、家の前に誰か立っていた。

その後ろ姿は、黒髪のミコッテ族だと分かる。

肌も色黒だ。


「家に何か用ですか?」


とりあえず敬語で話しかけると、その人物は振り返った。

首の左側に蝶の痣のある、男のミコッテだった。

それだけで、黒き一族の者だと分かる。


「あんたがヘラ…いや、ガウラだな?」

「あぁ、お前は黒き一族だね?」


一族の者だと分かり、口調を戻すガウラ。

掟が無くなった黒き一族が、何故ここに居るのか?


「で、家に何の用だい?」

「ヴァルはいるか?」

「中にいると思うが…」


そう答えて、ガウラは家の中に誘うが、男は首を横に振った。

そして、言った。


「なぁ、あんたはヴァルの事、どう思ってるんだ?」

「どうって……」


突然聞かれて、考え込む。

告白される前なら、即答で"仲間だ"と答えていただろう。

だが、告白されてから、一応以前と同じように接してはいるが、内心は変に意識してしまっている状況だ。


長い思考の末、ガウラは困ったように眉をひそめながら口を開いた。


「………分からない」


正直な気持ちだった。

すると、男は溜め息を吐いた。


「分からない……か。じゃあ、ヴァルを解放してくれないか?」

「解…放…?」


何を言われているのか理解出来ず、オウム返しに聞く。


「ヴァルは、ずっとあんたを想ってきた。掟が無くなって、あんたの傍にいる義務も無くなった。その気が無いなら、あんたに対する呪縛を解いて欲しい」


呪縛と言われて良い気分はしない。

流石にガウラも不快感を隠せなかった。


「随分失礼な言い方だね。私はヴァルを縛ってるつもりは無いし、ヴァルがここにいるのも本人の意思だよ」

「ガウラ?どうしたんだ?」


声の方を向くと、そこには玄関から出てきたヴァルの姿。

そして、男を見てヴァルは驚いた。


「ザナ?なんでお前がここにいる?」

「ヴァル……なのか?」


ザナはヴァルの姿を見た次の瞬間、ザナはガックリと両膝と両手を地につけた。


「なんで男になってるんだよぉぉおおおおっ!!!」


ヴァルの姿に打ちひしがれ、嘆いている。

その様子に、呆れた様に溜め息を吐く。


「男になろうがなんだろうが、オレの勝手だろ?」

「オ、オレ?!ヴァルがオレだって?!やだぁぁぁあああああっ!!」


ワーワーと1人で騒いでいるザナに、ヴァルは何とか話をつけようとするが、喚いていて話にならない。

ヴァルは大きく溜め息を吐き、

ガウラに言った。


「知人が五月蝿くして済まない。直ぐに大人しくさせるから、待っててくれ」

「あ、あぁ…」


家の中に戻っていくヴァル。

数分後、ヴァルは元の女の姿で戻ってきた。

それを見た途端、ザナは「ヴァルーー!」と叫びながら両手を広げ駆け寄った。

ヴァルは、それを容赦なく投げ飛ばした。

仰向けで地面に叩きつけられるザナ。

そのザナの胸を、ヴァルは片足で容赦なく踏みつけた。

そのヴァルの表情は、目が座っており、明らかに怒りが満ちていた。


「ここに何しに来た?」

「お、俺は、ヴァルに逢いたくて…」

「あたいに逢いに来たと?なら何故、帰宅してきたガウラを引き止めていたんだ?何を話した?」

「…………」


黙り込むザナ。

その首に、ヴァルは双剣の先を突きつけた。


「答えろ。掟が無き今、お前を殺すことだって出来るんだぞ」


その言葉に、流石にガウラが止めに入った。


「ヴァル、落ち着け!少し話をしただけだから!」

「本当か?」

「あぁ」


ガウラにそう言われてしまえば、ヴァルは逆らえなかった。

それは、惚れた弱み、嫌われたくないと言う想いからである。

渋々、武器をしまい、ザナから離れると、彼は上半身を起こして項垂れた。


「で、あたいになんの用なんだ?」


ヴァルは不機嫌そうに尋ねた。

すると、項垂れたままザナは口を開いた。


「ヴァルは、なんでずっとここに居るんだ?掟はなくなったんだ。もう、白き一族を護る必要はないだろ」


“なんだ、そんなことか“と、ヴァルは溜め息を吐いた。


「ガウラの事が好きだからだ。掟が無くなったからこそ、あたいは使命とは関係なくここに居る。好きな者を護りたいと思うのは当然のことだろ?」

「俺は、ヴァルがヘラに執着してるのは、妹のように思ってるとか、一族としての誇りがあるからだと思ってた。そうじゃないのか?」

「最初はそうだった、でも今は違う」


キッパリ否定され、顔を上げるザナ。


「あたいはガウラに恋愛感情を抱いてる。だから、傍に居たいし、護りたいと思ってる。これまでは掟があった。それしか、あたいとガウラを繋ぐものはなかった」


ザナの目を真っ直ぐに見据えて、ヴァルは淡々と話す。


「掟、使命から解放されたんだ。気兼ねなく自分の思うように行動できる。だから数日前、あたいの気持ちをガウラに伝えた。気持ちを伝えた後も、以前と変わらず、ガウラは傍に居ることを許してくれている。それだけであたいは幸せなんだよ」


その言葉に、ザナは黙り込んでいる。


「ザナ。お前は幼い時からあたいに好意を向けてくれてた。暗殺家業の中、欲にまみれた汚い男達の相手をしているあたいが、男嫌いにならなかったのはお前のお陰だ。でもな…ガウラを見つけた時、人前では涙も弱さも隠し、人知れず1人でそれを吐き出している姿は、美しさと同時に気高さを感じた。そして、傍にいて支えたいと、愛おしいと思った」

「……そんなに……」

「あぁ」


嘘偽りないヴァルの言葉。

それほどまでに、ヴァルの想いは、深く強いものだった。


「わかった……」


ザナはそう言って立ち上がった。

そして、ガウラの方を見た。


「ガウラ、さっきはみっともない話をして悪かった」

「あ、いや…」


2人の会話で、ザナとヴァルの想いを知ってしまったガウラは、複雑な表情をしながら、歯切れの悪い返事をした。

それを気にも止めず、ザナは庭の外へと歩き出す。

門の手前で足を止め、彼はヴァルに振り返った。


「ヴァル」

「なんだ?」

「俺はお前を好きになったことを誇りに思う」

「………」


ザナはそう言うと、ニカッと笑ったが、その目尻にはうっすらと涙が滲んでいた。


「じゃあな!」


その言葉と共に、ザナは闇夜に消えていった。



************



ザナが去った後。

微妙な空気ではあったが、ヴァルはいつもと変わらぬ様子で"家に入ろう"と促したので、ガウラはそれに従った。

元の姿のヴァルと、夕飯を共にするのは久しぶりな気がした。

夕食を終え、片付けが終わった時、ヴァルが幻想薬を手にしたのをガウラが制した。


「待て」

「どうした?」

「男になるのか?」

「そのつもりだが…」


静止されたのを不思議に思ったのか、キョトンとしているヴァル。


「お前、男になったらフロアソファで寝るだろ?」

「それはそうだろ?」

「お前の部屋を作るから、それまで男になるのは待て」

「……」


部屋を作ると言われて驚くヴァル。


「流石に、同居人がそんな所で寝てるのは気が引けるんだ。部屋が出来るまでは女のままでいろ」

「いい……のか?」

「いいから言ってるんだ」


ガウラの答えに、ヴァルの頬は綻んだ。


「ありがとう。恩に着る」


ヴァルのその表情に、ガウラは少し照れくさいのか、頬がほんのりと赤みが差していた。