【男1：女1】「もしもし」

001 男Ｎ：最近とある公衆電話が話題となった。その公衆電話から深夜０時に電話をかけると霊界に繋がる、という事らしい。周りには街灯１つしかなく、近くの住宅までは歩いて１５分かかる。そんな迷信とも思われる噂を信じて電車に揺られる女がいた。受話器を上げ、五円玉を一つ入れる。１・４・１・０・６。

＜電話が鳴る＞

002 女：もしもし……？

003 男：……もしもし。久しぶり。

004 女Ｎ：今日も冥界への電話がひとつ。

（間）

005 男：もしもーし。聞こえてる？

006 女：……うん。聞こえてる。

007 男：これどういう原理で繋がってんの？

008 女：私もわかんない。

009 男：え、まさか死んだとかじゃないよね？

010 女：違う。私は生きてるよ。

011 男：それなら良かった。

012 女：うん。……公衆電話に五円玉入れたらなんか、繋がった。

013 男：公衆電話に五円玉って入るんだっけ？

014 女：今かけてる電話は五円玉しか入らないみたい。

015 男：へぇ。面白いね。ご縁が繋がりますようにーとかそういうやつかな？……もしもーし？

016 女：あっ、ごめん。まさか繋がると思ってなかったから。その、びっくりしてる。

017 男：まぁそうだよね。俺も電話がかかってくるとは思わなかった。

018 女：うん。……そっちはどんな感じ？

019 男：普通だよ。世界はそんなに変わらないかな。仕事もしてるよ。

020 女：そうなんだ。なんの仕事してるの？

021 男：魂の管理の仕事。

022 女：どんな仕事？

023 男：そっちでいうカウンセリングみたいな。疲れてる魂を癒して転生の手伝いをする仕事。

024 女：なれたんだ、カウンセラー。

025 男：おう。

026 女：良かったね。なりたいって言ってたもんね。

027 男：まぁ大変なことも多いけど、それなりに楽しくやってるよ。……そっちは変わらず？

028 女：うん。ちゃんと第一志望の会社入ったよ。

029 男：え、凄いじゃん！

030 女：そこでね、今部長やってる。

031 男：新卒で？！え、それヤバくね？！

032 女：新卒なわけないじゃん。もう１０年だよ。

033 男：あ、そっか。……ごめん。

034 女：謝らないでよ。

（間）

035 男：元気にしてる？

036 女：してるよ。

037 男：ちゃんと飯食ってる？

038 女：うん。食べてる。

039 男：料理少しはできるようになった？

040 女：今は家に作ってくれる人がいるし、私も前よりかは作ってる。

041 男：もしかして結婚した……？

042 女：してない。

043 男：そ、っか。

044 女：してて欲しかった？

045 男：うーん。半々かな。結婚してて欲しかったとも思うけど、結婚してなくて良かったと思う自分もいる。

046 女：そう。……そっちこそ恋人出来た？

047 男：出来ないよ。なんだろうなぁ。死後の世界だからかもしれないけどさ、不思議とこっちで出会う人を好きになるとか無いんだよな。

048 女：そっか。

049 男：新しい恋人でもいた方が良かった？

050 女：意地悪言わないで。

051 男：どうなの？

052 女：そうだな……新しい恋人でもいた方が吹っ切れたかもしれない。

053 男：……ごめん。

054 女：あの時、一緒にそっちに行けたら良かったって。ずっと思ってた。

055 男：そんな事言うなよ。

056 女：恋人が死んだら皆そう思うんじゃない？

057 男：……そう、か。

058 女：無我夢中で仕事してさ。……死なないように必死だった。

059 男：こうやってまた話すのがこっちじゃなくて良かったよ。……よく耐えたな。

060 女：手繋いだ時に緊張して手汗びっしりな手とかさ。体温が高くて布団替わりになっちゃう温もりとかさ。……もう全部忘れちゃった。

061 男：うん。

062 女：……どうして先に逝ったの。

063 男：先に逝くつもりなんて無かったんだけどな。

064 女：あの日行く予定だったレストラン、楽しみにしてたのに。

065 男：ごめん。

066 女：いつもよりお洒落して、髪の毛のセットも頑張ったのに。

067 男：うん。

068 女：なんであんただったの。なんで事故にあったのがあんただったのよ。

069 男：小さい子がね、ボールを追いかけて車道に飛び出したんだ。そこに車が来て、それを助けた。それだけだよ。

070 女：それで死んだじゃない。……死んじゃ意味ないでしょう？

071 男：それで小さい子は死なずに済んだ。痛い思いもしてない。違う？

072 女：どこまでお人好しなの。

073 男：子供は宝だからね。

074 女：本当に好きね、子供が。

075 男：うん。

076 女：心残りはないの？

077 男：今無くなった。

078 女：どういう意味？

079 男：何も言わずに置いてきたのが心残りだったから。それも今叶った。もう心残りはないよ。

080 女：そう。

081 男：何か言いたいことは？

082 女：なんでそんな急かすような言い方するの。

083 男：たぶんもうすぐ電話切れちゃうから。

084 女：イヤ。

085 男：……ごめんね。

086 女：……そっちから私のことは見えるの？

087 男：うん。見える場所があるよ。

088 女：じゃあ見てて。私が幸せになるところ。一人でも大丈夫ってところ、ちゃんと見てて。

089 男：分かった。……でもさ、

090 女：うん。

091 男：一人じゃなくて、誰かと一緒に幸せになって欲しいな。

092 女：……どうして？

093 男：一人で生きるのが上手じゃない人だから。

094 女：私？

095 男：そうだよ。色々溜め込んで壊れちゃうから。無理に作れとは言わないけど、寄りかかれる人を見つけられたらいいなって思うよ。

096 女：寄りかかれる人……か。

097 男：心当たりがあるんじゃない？

098 女：ない……わけじゃないけど……。

099 男：そっか。……よかった。一人じゃないなら。

100 女：うん。寄りかかれるかは分からないけど。

101 男：きっと大丈夫。俺もついてるから。

102 女：ちゃんと後ろにいてね。

103 男：分かったって。

104 女：……約束だからね。

105 男：うん、約束。……じゃあそろそろ。

106 女：うん。……じゃあ。

107 男：またね。

108 女：また、ね。

＜電話が切れる＞

109 男Ｍ：またご縁がありますように。愛してる。

110 女Ｍ：受話器を置いて、外に出る。暗さが嘘だったかのように、空には朝日が昇っていた。振り返ると、公衆電話は消えていた。

111 男Ｎ：今日もどこかで、冥界への電話がひとつ。

（終）

追記.

「眠りのルージュ」という台本も合わせてお読み頂くと、少し印象が変わるかもしれません。