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七枝の。

台本/らぶれたー・ふろむ百合(女2:不問1)

2022.05.22 17:51

○作品概要説明。

主要人物3人。ト書き含めて約1万字。小説家の失恋物語(百合)


○登場人物

時雨:甲斐時雨。(かいしぐれ)というペンネーム。本名、丸山豊花(まるやまとよか)

玲香:郡市玲香(ぐしれいか)時雨の幼馴染。右目に泣き黒子のある茶髪の女の子。

常盤:常盤司(ときわつかさ)編集者。性別不問。

編集長:玲香と兼役。


○ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝


本文




○本文ここから。Mはモノローグ。

○時雨のマンション。仕事部屋にて。

常盤:先生の話って、いつも同じヒロインですよね。

時雨:ああん?

常盤:ほら、ここ。茶髪の巻き毛って描写でてきてる。あれでしょ、右目に泣き黒子のある貧乳でしょ、どうせ。

時雨:ちっげーわ!つうか、この子ヒロインじゃないし。脇のモブだし。

常盤:いやいやいや~!そういってこれからグイグイ出てきちゃうんでしょー!知ってますよ。

時雨:うっさいな。気が散る!あっちいけ!

常盤:はーい!あ、締め切りまであと……

時雨:3時間でしょ!知ってる!

常盤:よろしくおねがいしま~す!

常盤:(M)ばたんと大きな音をたてて、ドアは閉じられた。中から冬眠あけの熊のような唸り声がきこえてくる。声の主の名前は、甲斐時雨(かいしぐれ)。私の担当作家先生さまだ。そして私は、常盤司(ときわつかさ)。まぁ、これは覚えなくてもいい。この話の主役は私ではない。この話の主役は、只今超絶修羅場中の彼女と……

○玲香、勢いよく玄関のドアを開け、入ってくる。

玲香:こんにちは~!お邪魔しまーす!

常盤:お、玲香ちゃん!おつかれおつかれ~

玲香:常盤さん!お仕事おつかれさまです。丸は今?

常盤:熊みたいに唸ってる。

玲香:あははは!じゃぁ差し入れ置いてったほうがいいかな。

常盤:いいよいいよ。渡して来てよ。その方がモチベーションあがるし。

玲香:そうですか?気分転換になるかな。

常盤:ん。まぁそんなもん。

玲香:じゃぁ失礼しまーす。おーい、丸~?

   ドアの開閉音。

   一拍おいて。

常盤:(M)この話の主役は、彼女だ。甲斐時雨のファン第一号であり、甲斐時雨、もとい本名、丸山豊花(まるやまとよか)の大事な幼馴染。茶髪に巻き毛で右目に泣き黒子がある美人。胸は少々貧しい。

時雨:れいか!あんたまた来たの?

玲香:え、ごめん邪魔だった?

時雨:い、いや、そうはいってないけど……ったく、常盤のやつ……

常盤:(M)幼馴染みの愉し気な会話を聞きながら、煙草をくわえ、火をつける。さて、これで時雨のモチベーションもあがっただろう。彼女はミューズなのだ。本人に自覚はないが。

玲香:モンエナもってきたんだ~あとおにぎりと~野菜?

時雨:なっ、大根まるまる持ってくるやつがいるか、馬鹿!

玲香:えへへへ!だって丸、栄養かたよってそうだもん。

時雨:なによ、手料理でもごちそうしてくれんの?

玲香:ああ~、ごめん!これから彼のとこいかなきゃいけないんだよね!

常盤:(M)うわ、なに言ってんだあの女。

時雨:あっそう……

常盤:(M)あーあ。センセ、しょぼくれちゃった。

玲香:ごめんね~!

時雨:べつに。料理ぐらい自分でできるし。

玲香:なんだよぅ。かわいくないなー

時雨:へいへい、かわいくない女でわるうござんした~

玲香:うそうそ。丸はかわいーよ!世界一かわいい! 食べちゃいたいくらいかわいい!

時雨:ふぅん。

玲香:興味なさそー!

時雨:あんたの薄っぺらいお世辞なんてどうでもいーわ。

常盤:(M)これは嘘。

玲香:ひどーい!それじゃあね、丸!掲載されたら絶対最初に教えてよね!私楽しみにしてるんだから!

時雨:ふん。

玲香:まーる!

時雨:おぼえてたらね。

玲香:やった!えへへへ!

   扉の開閉音。

玲香:あ、常盤さん。じゃぁ私帰りますね。お邪魔しました!

常盤:いえいえ~こちらこそありがと~また頼むよ

玲香:……?はい!

常盤:(M)一瞬で時雨のモチベーションを最高値にした彼女は、能天気な顔してマンションを出ていった。いまから「彼」とやらとデートにいくんだろう。こちらの気もしないで、いい気なものだ。

常盤:(M)肝心な先生様ときたら、先ほどまで猛獣のように唸っていたのが嘘のようにパソコンを向き合っている。健気な背中に涙がでそうだ。これなら締切に間に合うだろう。がんばってくれ、君の大好きなファンのために。

常盤:(M)そう。今から私が語るこの話は、どうしようもない作家先生と先生の大好きなヒロインの話。

常盤:(M)ひとりの女の、よくある失恋話だ。

   間。

○タイトルコール

時雨:「ラブレター、フロム」

   間。

   二時間半後。

常盤:はぁい、確かに20ページきっちり!今月分いただきました~

時雨:中身みないの?

常盤:校閲は私の仕事じゃないのでぇ。

時雨:じゃぁ何しにきたんですかぁ?データですむ話でしょ。

常盤:そりゃセンセの尻たたきにきたんですよ。あとほら、行き詰った時の相談役?

時雨:いらない。つーかあんた、私の本ちゃんと中身把握してんの?

常盤:そりゃもちろん!

時雨:ふーん?

常盤:今はあれでしょ、ココロちゃんが道に迷って、

時雨:心愛(ここあ)だ、馬鹿。

常盤:なんですかそれ、犬の名前?

時雨:ヒロインの名前、ヒロインの!

常盤:あー……?茶髪の?

時雨:ちっげーわ!そっちはモブだって言ったでしょ。

常盤:ふむふむ。

時雨:(ためいき)

常盤:いやぁセンセーのこと信用してるんですよぉ!いつでもどこでもクオリティの変わらないその腕前!よっ、投稿サイトランキング万年4位!

時雨:しょせんネット作家はネット作家。底辺はプロになっても底辺だから大丈夫って?

常盤:そんなことないですよ~

時雨:言葉が上滑りしてんのよ。

常盤:え~?疑り深いなぁ。傷つきました。

時雨:嘘つけ。

常盤:ははは。じゃぁ私はここで失礼しますね。ゲラができたらメールで送ります。

時雨:おー

常盤:彼女、喜んでくれるといいですね、センセ。

時雨:はぁ?誰の事いってんの。

常盤:そりゃもちろん、愛しの(れいかちゃんのことですよ)

時雨:(かぶせて)うっせ。黙れ。さっさと帰れ。

常盤:はーい!

   ドアの開閉音。

時雨:なにがいとしの、だ……ばかじゃないの。

○場面転換

○編集者、帰社する。社内のオフィスにて。

編集長:常盤くん!遅いよ、どこ行ってたの!

常盤:いやぁ、はははは。すいません、今帰社しました。ちょっと甲斐先生のところに行ってまして。

編集長:はぁ?甲斐って、甲斐時雨?なぜ彼女のところに?

常盤:今月の掲載分がまだ回収できてなくってですね。

編集長:まだ彼女なんて使ってたの?

常盤:…………連載中の話が途中ですから。

編集長:なら、さっさと畳んでもらって、売れそうな子に切り替えてね。いつも言ってるでしょう、ネット小説家は、

常盤:(かぶせて)売れてなんぼ書かせてなんぼ、スピードとコストが命、ですよね。わかってますって。

編集長:わかってるならいいの。でも常盤くん、彼女に入れ込んでいるようだったから。

常盤:そうですかぁ?

編集長:そうよ。こないだ会議で出した新連載案。彼女のものだったでしょう?

常盤:………まさか。最近はやってるんですよ。ほら一回流行ったものはまた流行るっていうでしょう?悪役令嬢とか異世界転生系だってそうでしょう?

編集長:あれは昔流行った王道冒険譚やシンデレラストーリーのアンチテーゼよ。そのまま同じものが流行ってるわけじゃない。

常盤:なるほどなるほど。いやぁ流石編集長!勉強になりますぅ

編集長:ごまをすったって無駄よ。とにかく、認められないから。

常盤:なぜです?甲斐先生、ちゃんと書いてるじゃないですか。締切も守られてる。

編集長:売れないからよ。

常盤:…………

編集長:ほかになんかある?

常盤:ないでーす!しごとにもどりまーす!

編集長:………常盤君。

常盤:はい?なんですか?

編集長:来季のはじまりまでよ。それまでに風呂敷たたませてね。

常盤:……っす。

編集長:返事!

常盤:はーい!かしこまいりました、編集長さまぁ!

常盤:(M)(ためいき)そう、これだから大人にハッピーエンドは似合わない。

常盤:あ、私ちょっと、たばこ休憩いってきまーす!

編集長:帰ってきたばかりだろうが!さぼってんじゃねーぞ、常盤ぁ!

常盤:(M)はいはい、わかってますって。……なんて言いながら編集部を後にする。パソコンの中に埋もれているだろう大量のメールは、考えないでおくことにした。

   間。

○場面転換。時雨の回想。

玲香:ま~る!

時雨:……れいか。

玲香:なにぼーっとしてんの?はやくかえろっ

時雨:………え、ええ。そうね。

時雨:(M)ゆめだ、と思った。……昔の夢。高校のころの。その想いを認められず、かといって諦めることもできず、それでも明日も明後日も来年も、玲香の隣にいるのは私だと、私であるんだろうなと、信じてた、あの頃の夢。

玲香:ねぇ、丸きいた?りっかちゃんのとこのおばさんがさ、転んで入院したんだって。この時期多いよね。そうだ、この間も古典の飯塚が、

時雨:(M)玲香が楽しそうに話してる。なにがおかしいのか、ときおり一人でくすくす笑う。なつかしい。懐かしい横顔だ。……そうだ、こうしてのぞきみてたんだっけ。

玲香:ねぇ、丸?

時雨:……なに?

玲香:私に言いたいことなーい?

時雨:ないよ、そんなもん。

玲香:うっそだー!あるでしょ!なんでいってくれないの?

時雨:………は?

玲香:私ずっと待ってたのにさぁ。丸、いつもどおりだし。言ってよ、待ってるんだよ。

時雨:……は?な、なんのことよ。

玲香:もうっ!これ!

時雨:スマホ?

玲香:小説大賞佳作!受賞したんでしょ?何で言ってくれなかったの?

時雨:……あ、ああ。そっちか。

玲香:そっち?

時雨:気にしないで。というか、しょせん佳作でしょ。大したことないわ。

玲香:大したことだよ!だって丸ずっと書いていたでしょ!丸の長年の努力が認められたってことでしょ!すごいことじゃん!

時雨:……そう。

玲香:そうだよ。丸先生のファン第一号として、嬉しい限りですっ

時雨:そりゃよかった。

玲香:今度お祝いしよ!なにがい~かな~?カラオケ?ボーリング?クラスの子も呼ぶ?

時雨:いーよ、そんなの。

玲香:やだ!騒ぎたいっ

時雨:ダシにしないで。

玲香:してないもん!純粋なお祝いの気持ちだもん!

時雨:どーだか。

玲香:ねー丸!おーいーわーいーしよー!

時雨:うっざ。

玲香:…っは、あはははは!嬉しいなぁ。本当に嬉しい。よかったねぇ丸。夢が叶ったねぇ

時雨:……うん、ありがとね。

玲香:えっ!

時雨:なによ。

玲香:丸がデレた!

時雨:…………(ためいき)

玲香:わー!丸がデレた!もう一回言って、もう一回言って!録音するから!

時雨:…………先行く。

玲香:ねぇねぇ。ペンネームとかどうするの?本でるんでしょ?いつになるんだろう、楽しみだなぁ。

時雨:…………

玲香:ちょ、無視しないでよぉ!

時雨:……そーいうのは、出版社との決まりでまだ言えないの。

玲香:えー!そうなの?

時雨:そーなの。

玲香:早く知りたいなぁ。

時雨:まぁ、ペンネームは変える必要ないでしょ。わかりやすいのが一番。

玲香:でも「丸」って本名まんまじゃん。苗字だし。かわったらどうすんの?

時雨:変わることないからいい。

玲香:またまたそんなこといってぇ。

時雨:…………

玲香:ね~カワイイの考えよーよ。私も案だすからさぁ。

時雨:めんどい。

玲香:むぅ。丸らしいなぁ。……あ!そうだ。ねぇ、丸。

時雨:ん?

玲香:私もね、「たいしたことない」けど、丸に報告したいことがあるんだ。

時雨:なぁに?

玲香:むふふふ。

時雨:早く言いなよ。

玲香:実はぁ……私に、彼氏ができましたー!いぇーい!どんどんぱふぱふー!

時雨:………は。

玲香:昨日、告白されてぇ、めっちゃ戸惑ったんだけど、かっこよかったからオッケーしちゃった!2組の沢田君。知ってる?今度紹介するね!バスケ部の子でね、

時雨:(M)玲香がなんか言ってる。楽しそうに話してる。私はその横顔をぼんやり眺めながら、彼女の言葉を反芻(はんすう)していた。

時雨:(M)「彼氏」……は?彼氏?なによ、それ。

玲香:ねー、丸。聞いてる?

時雨:……聞いてる。

時雨:(M)なにが小説大賞佳作だ。なにがお祝いだ。………わかってたのに、なんでこんなに傷ついてんの、私。浮かれてのぼせて、馬鹿じゃないの。

時雨:(M)それから私は、ペンネームを「丸」から「甲斐時雨」に変えた。みじめったらしい、未練が捨てられなかった。

○回想シーンおわり。

○場面変換

   間

   電話の音。

○時雨が目覚める。

時雨:んっ……(あくび)だれよ……

常盤:おつかれさまでーす!時雨せーんせ。

時雨:……常盤か。

常盤:おや、その声は寝てましたね?駄目ですよ~サボちゃ。文芸冬花(ぶんげいとうか)の掲載分、まだ仕上げてないでしょう?

時雨:なんで他誌の進捗まで知ってんのよ、ほっとけ。

常盤:先生の本読んでるって言ったじゃないですか。え~っと……なんだっけ?ココロンちゃんの話も読みましたよ。あとで誤字チェック送りますね。

時雨:心愛(ここあ)だって言ってるでしょーが!ホントに誤字チェックできてんのか?

常盤:はははは!ところで先生。

時雨:なに。

常盤:先生の話、打ち切りになりますから。来季で終わるように調整してくださいね!

時雨:……そう。

常盤:あれ、思ったより冷静ですね。

時雨:売れてないからね。そうなる気はしてた。

常盤:そうですか。私はハラワタ煮えかえる思いでしたけど。

時雨:ふっ、あんたが?へんなやつ。

常盤:だって私、先生のファンですから。

時雨:はじめてきいたわ、そんなん。

常盤:いつも言ってましたよ~!心の中で!

時雨:聞こえねー。

常盤:先生はホント駄目ですね~玲香ちゃん以外のこととなると途端にポンコツですね~

時雨:なんで、ここであの子がでてくんの?

常磐:ふっふふーわかってるくせに。

時雨:うっざ。………それがファンの言葉?

常盤:ははは!ファンだから言うんですよ~!失礼ついでに言いますけど、無理して彼女以外を書こうとするから、売れないんですよ、先生。

時雨:…………

常盤:先生の持ち味は、そのラノベらしい軽い読み口とその割に重苦しい感情描写なのに、片手落ちしてどうするんです?書けるもの書いてくださいよ。書きたいものじゃなくて。

時雨:………うっざ。

常盤:とにかく。今後のことも話し合いたいので、またそちらへ伺いますね~今度いつなら空いてます?来週の水曜午後あたりはいかがです?

時雨:あいてない。

常盤:ありゃりゃ。じゃぁ再来週のご都合は?

時雨:あいてない。再来週もその次もその更に次も空いてない。

常盤:……先生。

時雨:ぴーっ!あれ、なんか電波の調子がおかしいな?ぴー!ぴー!がががっ!

常盤:先生、子どもじゃないんだから。

時雨:ごめん常盤。また今度かけなおすわ。

常盤:ちょっ、先生!予定だけでも!

時雨:ぴーっ!がっちゃん

時雨:…………はぁ。なにやってんだか。だっさいな……

時雨:(M)わかってる。わかってるんだ、言われなくても。

時雨:でも、それを自覚したところで何がかわるっていうの?私の話に何の意味がある?

時雨:(M)ここから抜け出したい。もう書いていたくない。でも何をどうしたらいいのかわからない。そのどんづまりだ。

   電話の音。

時雨:げっ、また電話……常盤の奴、しつこいな。

   間をおいて。

   電話の音。

時雨:あー!なによ常盤!あとでかけなおすって、

玲香:丸?

時雨:……玲香?

玲香:なぁに、さっきの。ヒステリーこわぁい。

時雨:うっざ。

玲香:(くすくす笑う)

時雨:……なによ。

玲香:丸のガチ「うっざ」久しぶりに聞いたなぁって。見なくてもわかるよ、絶対唇とがってる。

時雨:なにそれ。

玲香:本気の時の丸のクセ。へへっ、気づいてた?

時雨:いつも本気で言ってるし。

玲香:そんなことないくせに。丸がなんだかんだで歓迎してくれるの、知ってるよ私。

時雨:はぁ?

玲香:あ、でも私以外にはやめた方がいいかも。ガキっぽいよ?

時雨:う、……

玲香:今言おうとしたでしょ~!ばぁかばーか。

時雨:黙れ、アホ。

玲香:口悪いなぁ。親しき中にも礼儀ありだよ。れいぎー!

時雨:で?なんの用よ。

玲香:丸にちょっと報告したいことがあってね。そっちいってもいい?

時雨:………今日は、散らかってるから。

玲香:また締切り~?差し入れしようか?

時雨:いい。集中したいの。

玲香:……ん。りょーかい。

時雨:それで報告って?

玲香:う~ん、丸には面と向かって言いたかったんだけどなぁ。

時雨:どーせ大したことない事でしょ。

玲香:丸の「大した事」基準がでかすぎるんだよー!私には一大事なの!

時雨:ふーん?

玲香:……ふふ、あのね、私ね、

時雨:(M)結婚するの、と玲香は言った。

   間。

○場面転換。

○二日後、時雨の仕事部屋にて。

   時雨は床で寝ている。

常盤:センセー、入りますよーって。うっわ、きたなっ!

時雨:…………

常盤:せんせー?先生ってば。いきてますかー?死んでますかー?

時雨:………ん

常盤:ひぃっ!なんかうごめいてる!なんっすかこれ!樹海!?あんたホントに女ですか!?

時雨:……うっさい。

常盤:お、ようやく反応した。おはようございまーす、時雨先生。

時雨:……はよ。

常盤:もう電話反応してくださいよ~私腱鞘炎(けんしょうえん)になるかと思いましたよ

時雨:そう。

常盤:あれ?いつもの「うっぜ」はないんです?先生お得意のクソガキムーブはどうしちゃったんですか。

時雨:……………

常盤:せーんせ。

時雨:………なによ。

常盤:玲香ちゃん、結婚するんですってね。

時雨:………みたいね。

常盤:私みたいな、いち編集者にまでわざわざ教えてくれて。いや~ホントコミュ力高いいい子ですよね~!

時雨:ん。

常盤:……先生は幼馴染のくせに、どうしてそんなコミュ障の引きこもりなんです?少しは「私も頑張ろう」とかそういうのなかったんですか?ああ、そっか。先生は玲香ちゃんが隣にいればいいってそういう考えでしたっけ?いやぁ、クソガキムーブここに極まりって感じですよね。いつまでも少女のままで、ってか?気持ち悪いなぁ。

時雨:かもね。

常盤:…………。

時雨:…………。

常盤:(ためいき)

○常盤、散らかった部屋のごみをどけて、床にすわりこむ。

時雨:……なに。

常盤:先生、あんた馬鹿ですか。

時雨:…………。

常盤:人は失恋で死ぬことはできませんよ。

時雨:…………失恋じゃ、

常盤:失恋でしょう?今更ごまかしても、あんたの本読んでたら、誰にでもわかりますよ。玲香ちゃんみたいなクソニブほわほわ娘は知りませんがね。

時雨:……っ!うっさい、帰れ!

常盤:帰りません。

時雨:なによ、放っておいてよ!気持ち悪いんでしょ、こんなの!

常盤:そういう意味で言ってません!

時雨:言った!

常盤:言ってません!

時雨:言った!言ったもん!私だってわかってる!こんなの気持ち悪い。こんな、こんな私!

常盤:……言ってませんって言っているでしょうっ!!私はあんたのファンなんですよ!

時雨:口からならどうだって言える!

常盤:じゃあどうして、私が毎回原稿とりにくると思ってるんですか!

時雨:それはっ!……それは、あんたの仕事だから……

常盤:仕事なら先生の言った通り、メール一本で済ませますよ!あんただからここまで来てるんです!

時雨:…………

常盤:ほら、そんな無気力になってないで立ってください。みじめで悔しいならその気持ちを書いてください。あんた作家でしょう?何年仕事してるんですか。

時雨:……私が、

常盤:はい。

時雨:私が、書いてるのは、

常盤:……はい。

時雨:…………私が書けば、玲香が読んでくれるからよ……

常盤:………なら、書けばいいじゃないですか。

時雨:書けるわけない。玲香はもう結婚するのよ!

常盤:それこそ今更じゃないですか!なんですか?人妻は読書をしないとでも?いままでどおり書いて読んでもらえばいいじゃないですか!それの何が悪いんですか!

時雨:どーせ打ち切りなんでしょ?!もう書く場所だって残っちゃいない!

常盤:前みたいにネット投稿すりゃいいじゃないですか!洒落くさい!

時雨:もう書けないの!書きたくない。書いたって何になるの?あの子はもう私のものじゃないのに!

常盤:最初からあんたのものじゃないですよ!

時雨:………っ

常盤:いい加減、不毛なことやめましょうよ、甲斐時雨。どんなに書いても玲香ちゃんは気づいてくれない。読者は作者の真意なんてしったこっちゃない。わかってるでしょう?

時雨:……でも、

常盤:……でも?

時雨:……あのこ、好きだって言ったの。私の話を読んで、好きだって……

常盤:(重いためいき)

時雨:好きだって、言ってくれた……

常盤:あ~……もう、せんせ。

時雨:………なによ。

常盤:飲みましょ。

時雨:……はぁ?

常盤:こういうときは呑んで忘れるもんです。呑みましょ、騒ぎましょ。そんでぱーっと忘れましょ。

時雨:…………私、ザルだけど。つきあえんの?

常盤:吐くまでのみます。

時雨:今日平日でしょ?あんた仕事じゃないの?

常盤:仕事ですよ。

時雨:馬鹿ね。

常盤:いい歳して失恋ごときで再起不能になる誰かさんに言われたくないですね。

時雨:うっざ。

常盤:お、戻ってきましたね、クソガキムーブ。

時雨:はぁ?ホントあんたって……ぷっ(噴き出す)

常盤:ふ、ふふふ、ははははっ

○時雨、常盤、ぎこちなく笑いあう。

時雨:よし、じゃあ呑むか!

常盤:その意気ですよ!時雨せんせ!

時雨:おう!

常盤:じゃあ私、ちょっと会社に電話してきますね。ついでにツマミやらなにやら買ってきますから、先生はシャワーでも浴びてください。臭いですよ。

時雨:……うん。

常盤:お願いしまーす。

時雨:まって、常盤。

常盤:はい?

時雨:結局、今日は何の用で来たの?締切はまだ当分先でしょう?

常盤:……ああ。それはこれです。

時雨:………「執筆応援大賞」?

常盤:これ、カクガワ社の肝いりです。受賞できれば連載の可能性もあります。

時雨:…………

常盤:どうです?

時雨:……あんた、こんなのわざわざ……

常盤:言ったでしょう?ファンなんです。

時雨:…………

常盤:さっき、読者に作者の真意はわからないって言いましたけどね。逆もそうだと思うんですよ。作者だって、読者がどれだけ応援してるかわかってない。私はそう思います。

時雨:…………

常盤:それでも、少しでも伝わればと、手を伸ばす努力は怠りたくないんですよね。……なんて。

時雨:……常盤。

常盤:あー!やばい、早く電話しないと編集長から叱られる!失礼しますねっ!

時雨:ちょ、ちょっと!

常盤:部屋も換気してくださいね!

常盤:(M)そう言い捨てて、慌ただしく部屋から出ていく。……まったく、私としたことがなさけない。なにが「なんて」だ。大人がいうことではないだろう。

常盤:(M)赤くなった頬に風を送りながら、エレベーターへ向かう。乗車ボタンを押したところで、はたと気づいた。……財布を置き忘れてしまった。

常盤:うっわ、やばい!

常盤:(M)先生はもうシャワー室に行っただろうか……さすがに顔を合わしたくないが……

常盤:おじゃましま~す……せんせー……?

常盤:(M)おそるおそるドアをあけ、部屋をのぞく。すると、そこには。

時雨:(唸る)

常盤:(M)先生がいた。先生が、シャワーもあびないで、ぼさぼさの頭のままパソコンの前で、唸っていた。

常盤:…っく、ははは。

常盤:(M)……そうだ、甲斐時雨は、作家なのだ。作家というものは、やはり書かずにおれないものなのだろう。

常盤:応援してますよ、時雨センセ。

常盤:(M)貴方という作家が誰の為にあったって、私だって貴方の読者なのだ。

  間

○時雨のモノローグ。

時雨:ずっと、一人の為に書いている。

玲香:丸、これ面白いよ。つづきないの?

時雨:あの子が面白いといったところは描写を厚くして、つまらないといったところは抜いて。

玲香:ねぇ丸。次はなんの話?一番にみせてほしいな

時雨:そういって。実際に持っていったら驚かれて。

玲香:え、もう書いたの?嬉しい、しっかり読んでから感想おくるね

時雨:あんたはきっと、私が想うその何百分の一しか考えてないだろうけど。

玲香:やっぱり、丸の話すきだなぁ~

時雨:私はその言葉をきくために。ただ、それだけのために、今も。

玲香:丸!新作読んだよ!

時雨:だから、読んでほしい。一字でも届いてほしいと、そう思って書いている。

おわり。



※補足。甲斐時雨(かいしぐれ)は、郡市玲香(ぐしれいか)のアナグラム。