「沈黙の秋」をむかえないために
グミの実が色付きました。毎年小鳥たちがグミの実をついばみにやってきます。
我が家は甲山の麓にあり 朝小鳥のさえずりで目が覚めますが 庭で聞く小鳥のさえずりはまた格別です。
神社の聖域が始まる門を鳥居といいます。
鳥居は 「あま」と「うつしよ」を結ぶ「ま」である 二本の柱に 綱が渡されたものが原型だと言われます。
その綱に鳥がとまる様を見て 古人が名付けた名が鳥居だといわれます。
鳥が夜明けを告げる生き物であるためか エジプト神話では天地創造を司るベヌー鳥の話もあります。
レイチェル・カーソン『沈黙の春』 「自然は、沈黙した。うす気味悪い。鳥たちはどこへ行ってしまったのか。みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた。裏庭の餌箱は、からっぽだった。ああ鳥がいた、と思っても、死にかけていた。ぶるぶる.....(青樹簗一訳)
https://www.e-being.jp/thank/1107thank.shtml 【「沈黙の秋」をむかえないために】より…
私たちは、菜園づくりを始めた。
作物を育て、生物多様性を楽しみ、その成長ぶりに目を見張っている。
そうすると、ミツバチさんが恋しくなってくる。
アメリカの生物学者、レイチェル・カーソンが、1962年『沈黙の春』を著わし、農薬や殺虫剤の使用により鳥の鳴かない春を警告したことは、あまりにも有名である。
しかし彼女は同時に「沈黙の秋」にも言及していたのである。
つまり花粉を運搬し受粉を促す昆虫の消滅を憂慮していたのである。
あれほどブンブン飛んでいるハチがいなくなるとは考えられなかったし、私も当時、それは杞憂であろうと思った。
しかし2006年秋。北半球から1/4のハチが消えたのである。Colony Collapse Disorder(蜂群崩壊症候群)と呼ばれる。
半世紀を経て予言が当たったのか、違う要因があるのだろうか?
そこでハチについて調べてみた。
ハチの種類は2万種にも及ぶ。しかし、社会集団としてせっせと蜜を集めるのはたった1種類、「アピス・メリフェラ(セイヨウミツバチ)」だけである。
1ミリグラムの脳しかないのに集合体となると複雑な共同作業をこなす大変な知性体である。
このハチが消滅。異常事態である。
私たちが、単に蜂蜜を食べられないという問題より、雄しべと雌しべの受粉がされないと、実がならない『沈黙の秋』を迎えることになる。
移動養蜂の蜂箱1箱(5万匹)のミツバチは、1日に2,500万個の花を他家受粉させることができるのである。
今、私たちは、屋上菜園に注力中であるが、ナス、キュウリ、ピーマン、枝豆、トマトなどを植え、われら新入生の「にわかファーマー」が水をやり、成長記録をつけ、支持柱や誘引の紐をたらし、風対策をしたり、大変な奮闘中であるが、最後の頼りはハチさんである。
この1億5,000万年にわたり働いてきたハチがいなくなったら大変だ。
犯人はダニだ。犯人は電磁波だ。犯人は遺伝子組み換え作物だ。犯人はネオニコチノイドだ!……
これら諸説が絡み合っていると思うが、西欧のミツバチの消滅の原因として、私は、夢の農薬と言われるネオニコチノイドを疑っている。
参考 ニホンミツバチは、ミツバチヘギイタダニに抵抗力がある(ロシア蜂と同様に)稀有な存在で、オオスズメバチへの撃退能力もある。その上おとなしいし嬉しい存在である。
このネオニコチノイドを含む農薬イミダクロプリドは、世界100ヵ国140種類の農作物への使用許可を受け、5億6,000万ユーロを売り上げている。薄いイミダクロプリドに浸した種を播けば、害虫はノックアウトとなる。
つまりイミダクロプリド(500~100ppb)に触れたハチは、殺されはしないとしても、巣に帰る能力をなくすのである。一種のアルツハイマーである。
そう、沈黙の秋を人間がつくりだしているのである。
この実りなき秋は、本来人間が自然に経済の論理を押し付けたことに根本的な原因があるのである。
自然への敬畏を持つべきなのである。
ここまで大上段に構えずとも、私たちは日々の生活の中でこうしたことに関心を持つべきなのである。
ネオニコチノイドは、オールインワンの花用の栄養剤にも入っているという。恐怖。
こうしたことがあまり知られずにいることの原因の一つとして、都会に住む人たちが自然から遠ざかり、「私食べる人」になっていることも大きい。
さぁ、都会の人間も屋上やベランダのファーマーとなって、花の受粉をするハチさんをいとしもうではありませんか。
都会の人たちよ、屋上の一隅で菜園を作ろうではないか。そして都市ファーマーとなり、ハチさんのために立ち上がろう。
生物のダイバーシティを守る。それが共生社会というものだ。
今月もありがとう。
理事長 井上 健雄
https://news.yahoo.co.jp/articles/8eeae8d1d3cde6217fc9f36235905b5bc7b7c9ea 【「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」などの句で知られる俳人が気づいた “老い”にまつわる「残酷な事実」】より
『本当は逢いたし』(池田澄子 著)日本経済新聞出版
人間は生まれれば必ず死ぬし、時間は過去から未来にしか流れない。だからこそ、過ぎ去った命を呼び起こし、失った時を再生しようとする呪文や冒険物語は大衆の心を惹きつける。
本書は「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」などの句で知られる俳人・池田澄子さんの、60篇余りのエッセイをまとめたものだ。柔らかで気さくな口調で綴られた日々のこと、社会のこと、家族や友人のこと、そして老いと離別……その文中に、呼吸のように自然と俳句が現れる。
連なる文章のなかに時折挟まれる俳句は、その句のまわりの余白さえ優しい。五七五のリズムや音は読者の気分を支えたり変えたりしてくれる。少し難しい話をしていても、テーブルの上に一輪挿しがあればホッとできるように、俳句がエッセイ集をより親しみやすくしている。
池田さんは本書のなかでたびたび大切な人との別れについて書いている。幼い頃に戦病死した軍医の父、天寿をまっとうした母、俳句の友人、夫。特に俳句の師・三橋敏雄の死には幾度も言及している。曰く「加齢とは、自分に死が近づくだけでなく、周囲の親しい人たちに死が近づくことなのだと気付いて驚いた」。事実だが、なんとも残酷だ。
ところで、俳句は世界一短い定型詩だと言われている。一句は十七音で構成され、基本的には季語が入る。季語は歳時記に収録されている。誰かの所有物ではないから、他人と同じ季語を用いて句作するのも当然だし、むしろ「自分もこの季語を使ってみたい」と挑戦する楽しさもあるようだ。本書でも「御降り」など、池田さん自身が惚れこんだり、思い出深かったりする季語が話題にのぼる。
私自身は季語という概念を持たない現代短歌を詠む人間だが、俳句のこの「季語」という存在には圧倒される気持ちだ。歳時記にはその季語を含む名句も掲載されている。季語を選ぶことは、同じ季語を用いた過去の作品にアクセスすることであり、その歴史を継承する側面もある。季語それぞれに俳句の歴史が結びつき、個人の思い出も結びつく。季語からは師や友人との記憶も引き出される。言葉を知り、言葉を使い、新しい句を作ると同時に、過去が再生されるのだ。
本書のタイトル通り、過ぎ去ってしまった人に『本当は逢いたし』と思うとき、呪文でも冒険でもなく、池田さんには俳句がある、ということなのかもしれない。なんだかとても眩しい。
池田さんは「よく生きるってことは、なかなか難しい」と書いている。また、俳句の会合中に地震があったエピソードでは「無事に終わればなんでも懐かしい」と述べている。いつの日か、よく生きて無事にこの世を去り、未来の誰かからアクセスされる側になったとき、私たちは果たして「無」なのか「魂」なのか。どこでなにを思うのだろうか。
いけだすみこ/1936年、神奈川県生まれ、新潟県育ち。俳人。2021年、『此処』で読売文学賞・詩歌俳句賞、俳句四季大賞を受賞、同年、現代俳句大賞を受賞。句集に『いつしか人に生まれて』『拝復』『思ってます』他多数。
起きてほしくないことも自分が引き付けたことを受け入れ、学ぶ勇気を取り戻すとき 夕焼けは「今日の終わり」以上に「明日の希望」の色を濃くするのかもしれませんね。そうすると「すべてに感謝の安心立命」の境地に近づけるのかもしれません☆
昨日アップした霊気のアファメーションの言葉と連動しました。
「私はハイヤーセルフの導きによって、変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる寛容さを、そしてこれらを見分けられる叡智を身に着けています。これによって私は、どんどん自己を変革し、進化させつつあります。」
五島高資さん ( 金鶏山)からシェアさせていただきました。
雨上がり山を走れる夕焼かな 高資
夕焼けて金鶏山より無量光 高資
山並に日を入れて沸く夕焼かな 高資