プリンの日
「ねえパパ、起きて。遅刻しちゃうよ」
寝室の遮光カーテンは開け放たれ、朝の眩しい光がタクヤの目に容赦なく飛び込んでくる。
「うーん、え?え?今何時?」
タクヤは目覚ましではなくすばるの声に起こされたことに混乱して飛び起きる。
「もう8時だよ。何回も起こしたのにパパ全然起きないんだもん。疲れてたの?」
滅多に寝坊なんてしないタクヤは目覚ましにもすばるの声にも気づかなかったということが一瞬理解できなかった。
とにかく飛び起きて大急ぎで身なりを整えると、じゃ行ってくる!とネクタイを直しながら玄関に小走りに向かった。
「まって、忘れ物!」
それを追いかけてきてすばるが渡してくれたのは、お弁当袋。
「作ってくれたの?ありがとう」
にっこりと笑ってそれを受け取ると、大事に鞄にしまった。
「気をつけてね…ん」
急いでいても、やっぱり愛する恋人はかわいい。
タクヤはすばるの頬に手を当てて、結構長くキスをした。
「遅刻しちゃうよ?」
すばるが困ったように笑った。
「行ってくるね。夕飯は俺が作るよ。」
そういうとタクヤは出かけて行った。
「パパが寝坊…ふふ、てことは、プリンの日だ。覚えてるかなぁ。」
すばるは楽しそうに笑って自分も仕事に出かけた。
もうずいぶん前のことだ。
まだタクヤがすばるの「パパ」だった頃。
いつも早く起きて朝ごはんを作ってくれるタクヤが、珍しく寝坊したことがあった。その時もすばるが起こしてあげたのだ。
それがまた運の悪いことに、すばるのお弁当の日だったのだ。
絶対に間に合わないから、とりあえずタクヤはすばるを学校に送り届け、後からお弁当を届けることにした。
パパが寝坊なんて珍しい、とその時のすばるもそう思った。
別に、お弁当なんてコンビニのおにぎりでいいのに。
どこかへ行ってしまったすばるのママのお弁当はいつもコンビニご飯だった。
だからすばるは別になんでもいいのに。タクヤにもそう伝えたけど、「大丈夫、ちゃんと後で持っていくから」と言われた。
別にがんばらないでもいいのに。
そう思っていたけど、タクヤは仕事に行くまでになんとかお弁当を作り、学校に持ってきてくれた。
「ハイこれ。ごめんね遅くなって。じゃあまたね」
先生にお礼を言って急ぎめに教室を後にするタクヤ。
「すばるちゃんのパパ?お兄さんみたい!」
「かっこいい!!」
なんて騒がれてしまったのだけど、すばるは悪い気はしなかった。
そしてお昼にお弁当を開けると、中にキングP (バロッカ世界で流行っているアヒルのキャラ)のメモ用紙が入っていた。
「今日は起こしてくれてありがとう。お礼に、夜は一緒にスイーツたべよう。卵と牛乳で作る黄色でプルプルしてて、カラメルが乗ってるもの。何でしょう?」
別に起こすのなんて特別なことじゃないのに。
でも、すばるはなんだか嬉しかった。ひとりぼっちになっていてもおかしくなかったのに。
一緒にスイーツ食べてくれる人がいることが、とても嬉しかった。
家に帰ってしばらくすると、タクヤも帰ってきた。
「パパおかえり!お弁当、おいしかったよ。ありがとう」
すばるがにっこり笑うとタクヤは大きな手ですばるを撫でた。
「ただいま。よかった!スイーツ買ってきたよ。なんだか分かった?」
「うん!せーので一緒に言おうよ!せーの!」
『プリン!』
2人は心から楽しくて笑った。
それからご飯を食べて、タクヤの買ってきた美味しいプリンを2人で食べたのだった。
すっかり日も暮れて、すばるは帰宅した。今日は先にタクヤが帰っている。
「ただいま。わ、今日はパエリアだね!」
大好物のタクヤのパエリアを前にすばるは心が躍る。
「おかえり!今朝のお礼にすばるの好きなもの作ったよ。それと…」
タクヤはすばるの顔をじっと見つめた。
なんか企んでる顔だ。
その顔ですばるにも考えてることがわかってしまった。
「せーので言おう。せーの!」
『プリン!!』
2人は腹筋が痛くなるくらい一緒に笑った。
それから2人でパエリアを食べて、タクヤが買ってきた、昔とおんなじ店の美味しいプリンを食べた。
これからも一緒に思い出を大事にしていきたいな。
すばるはそう思ったし、タクヤも同じ気持ちだった。