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達人指南 残心

2017.12.30 13:14

剣道が、他の武道と大きく違う特徴は、気合を出すことと、残心を執ることだ。

この二つの特徴が、剣道を崇高なものにしているといっても過言ではない。

今回は、残心について考える。(残心とは、勝負のあと油断しない心を言う。)


残心の所作は剣道のキーポイント

 残心は相手を切ったあと油断しないという心だが、それは、相手を一刀の下に

絶命させることは不可能だ、という含みがあることを理解しておきたい。居合で

二の太刀で止めを加える技が多いことも、ひと太刀では決着がつかないことの裏付

けといえよう。相手を先に切っても反撃する力は残っているから、必要があって

残心を執るこということだ。

 どの古流においても、残心は欠くべからざる心得であるが、この残心を「所作」

として表わしているのは、小野派一刀流、一刀流中西派、北辰一刀流、無刀流な

の一刀流系が主である。それは、流祖・伊藤一刀斉が、とくに残心に注目

していたため、それを意図的に「所作」に残したからといえる。

 のちに一刀流が北辰一刀流に発展し「剣道」の元となり、また、北辰一刀流

から発展した無刀流は「刀に依らず心を以もって心を打つ」という、人の道を説く

剣道……もはや宗教といってもよい……になったことを考えると、「残心所作」は

剣術が剣道に発展するためのキーポイントだったのかも知れない。


残心は 一 刀流系の特徴

 一刀流系の特徴は、技を心で使うとしているところだ。たとえば、「切り落とし」

である。剣を切り落とす技術の名称だが、一刀流免許皆伝小川忠太郎先生によれば、

この言葉は、生きるという執着心を切り落とさなければ、切り落としは掴めない、

という精神的な意味も示唆しているという。

 これは剣法上の「捨て身」と同じであるが、勝つための剣ではないという発展が

一刀流の特徴だ。言葉を足せば「我を切り落とし、生き死にを捨てる」ということ

で、禅でいえば無心の境地を指している。

 一刀流の奥義は、初期にここまで深まっていたので、時代の平和とともに発

展し、結果的に剣の技術だけでなく、道としての姿を剣に与えることになった。


残心所作の思想

 残心は、油断をしないということの奥に隠されている「一刀では相手を絶命さ

せることはできない」という真理を、残心の所作の容に表わし“止めを刺さずに、生

かしたまま決着をつけなさいと”暗に促しているといってもいい。

「軽い斬撃で浅手を負わせ、戦力を削ぎ、残心で戦意を奪って戦いを終わらせろ」

ということで、つまり、相手を殺すまで剣を使うのではなく、それ以前に戦いを

納めることが、残心の真の意味するところといえそうだ。

 イラク戦争のように米国が徹底して叩

いても、戦争は止まない。武士の時代でも、相手を殺せば、相手の縁ある者にあ

とから狙われる。相手を殺すことが、平和につながらないということは明白だ。

 それを一刀流の残心所作は示していて、剣道形にも採用されている。争うことの

無意味さを相手に知らせ、仲良く平和に生きるための道を残心所作で表わす。こ

れは、剣独特の重大な思想だ。


残心以前

 さて、残心所作の前には“相手を仕留めない”ということが大切である。つま

り、一刀は軽くて良いことになる。軽く切るのであれば、剣はより速く動くので、

相手の技術を凌ぐこともより簡単になる。

一刀斉の剣は、それで強かったのではないかと推測できる。

 勝つということの意味を理解すると、軽くてよい意味がよりはっきりする。先

にも述べたが、勝つということは、人が人を征服することではない。「征服する

という考え方は、西洋的な考え方である」

と、禅の鈴木大拙博士は「東洋的霊性」と133 剣道日本 2014.12

いう講演で述べている。「登山家が、頂上に登って『山を征服した』などという『征

服』という言葉は、明治以降、西洋から入ってきた言葉であり、日本的には『山

と共にある。または共に生きる』という考え方なのだ」そうである。

 武田信玄が「戦いは、五分の勝ちをもって上となし、七分を中とし、十を下とす」

と言い、「最上の勝ちは、戦わずに勝つこと」と言っていることも、相手を生かす

ことが、最高の勝利という証になろう。

 武士の戦は、天下を平定して争いのない世の中を目指したからこそあったので、

勝つ意味は、争いを納めるということ、共に生きる環境を作るということだ。つま

り、日本人の考える戦いとは相手と共存することが目的といってよい。剣の教え

にも「打って勝つのは下であり、勝って打つのは中、打たずに勝つのが上」とある。


剣道形の精神

 佐藤博信先生は「どんな達人でも、相手を切ろうと思うと切られる」と言った。ミ

サイルの時代の現代は、戦えば双方が壊滅する。「剣術」は、相手に勝つことが重

要な要素であるが、「剣道」では、戦えば必ずお互いに傷つくことを認識し、相手

と仲良く生きることを稽古の末に学ぶことが大切なのだ。

 だから、私たちの竹刀の一本は、命まで取らず、生かしたままの一本であり、残

心を執って反撃を許さないところを工夫すべきなのである。現代の剣は、こうし

てこそ本当の価値が出る。

 この「共存共栄」思想が、日本剣道形の残心の中に脈打っていることを理解した

い。あえて言えば、日本剣道形は、単に刀法の技術にとどまらず、日本人の平和

の精神を表わしているといえるのだ。