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Sotto Voce

三鷹

2022.05.28 13:33

久しぶりに三鷹駅のほうに行きました。自転車で。


三鷹の南口の駅前の通りをひとつ入ったところに小学校から中学まで習ったピアノの先生のお宅があって、いつもレッスンの帰りはその駅前通りを駅に向かっていき、バスに乗っていました。

ピアノは好きでも嫌いでもなく、ほんとにただ練習もせずにレッスンに行っていたころのはなしです。


今日久しぶりにみた景色は、もちろんすごく変わっている(かれこれ50年前)わけですが、意外なお店が残っていました。

ー ホームセンターと同じものを売っている「名取屋」

ー 当時からいつ無くなっても不思議はなかったスーパー、「三平ストア」(川崎銀柳街の川治屋並みの生命力)

ー 駅に近い大きな文房具屋の「日本堂」(当時からファンシーグッズもあったけどそれほど良くない。もうひとつ小さな店があってそちらの方がよかったようにうっすら記憶がある)

ー 小さな花屋さん、ひさしの「田中花園」という字を覚えていました。


日本堂や田中花園は高校に通っていた時、バスからもみていたと思う。


社会人になってできた新しい駅前ショッピングビルのコラルはすでに古びていました。

チェロを初めて少しして無理やりバイオリン、ビオラ、ピアノの友達と、三鷹の芸術文化センターや駅前にあった山野楽器の練習室でアンサンブルをしていて、それでまた三鷹によく行くようになった。

ピアノの友達はまもなく癌で亡くなって、その頃の思い出も三鷹駅と一体化していた。三鷹センターも三鷹楽器(私が初めてLPを買った店ーちなみにエミールギレリスの熱情とワルトシュタインです)も今はなく、「こんなになっちゃってるよー、なおちゃん」と彼女に話しかけながら歩道橋を上がって思わず私は笑ってしまった。

その歩道橋の上で、南米風の人たちのバンドが歌っていたのだ。彼らはあの頃、オカリナを吹いて「コンドルが飛んで行く」をいつも演奏していた。あの頃、そういえば何故か東京のあちこちで南米の人が「コンドルが飛んで行く」をやっていた。同じグループなのか定かではないけど。もちろんその時と同じ人ではないとは思うけど、これは三平ストア以上の生き残りに思えた。なおちゃんがいたら2人で涙が出るほど笑っただろう。


行きに通った井の頭公園(メインのほう)は混んでいたので、玉川上水沿いに帰ることにした。


玉川上水のこれらの写真のところは、本当に私が知っている玉川上水のままで、この風景が残っていることに、心からありがたく思っている。