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kanagawa ARTS PRESS

幸田浩子 (ソプラノ歌手)

2018.01.11 15:00

パミーナは、舞台のなかで成長していける素敵な役です。
作品への愛情がこんなに隅々までゆき渡った「魔笛」に参加でき、本当に幸せです。

神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ 2018
モーツァルト作曲 「魔笛」

神奈川県民ホール出張公演

 2018年3月、神奈川県民ホール出張公演として宮本亜門演出のモーツァルトのオペラ「魔笛」が横須賀と相模原で上演されます。

 パミーナ役の幸田浩子さんは、世界の檜舞台で活躍し「聴くものの心を融かす」と評されるソプラノ。取材当日、優雅な水色のワンピースで颯爽と現れた幸田さんは、王女パミーナにふさわしい美しさとたおやかさを兼ね備えた素敵な女性でした。

―小さい頃から音楽が身近だったそうですね。

 母が小学校の音楽の先生で、父は大学時代にグリークラブで、姉は3歳からヴァイオリンを習っていたので、物心ついた時には音楽に囲まれていました! 小さいお子さんはみんなそうかもしれませんが、子どもの頃、その日にあった出来事を歌にして歌っていたそうです。わたしにとって歌うことはとても自然なことで、そのまま現在に至っている感じです。(笑)

―声楽を学ばれ、東京藝術大学卒業後はイタリアに留学されました。

 私は大阪出身なんですが、大阪とイタリアは似ていると聞かされてきて、子どもの頃からいつか自分はイタリアに住むのだろうと思っていました。大学2年生の時に初めて訪れたイタリアの地ミラノにはその後、東京藝大の休みごとにレッスンに通っていました。文化庁で奨学金をいただけることになり、留学先をボローニャにしました。食べ物が美味しいことはもちろん、ローマやヴェネツィアなど主要な都市へのアクセスが良く、国際空港から街も近いので、各地にレッスンやコンクール、オーディションなどに飛び回ることもできました。

―オペラ誕生の地、イタリアで得たものはとても多かったでしょうね。

 街では友人同士が抱き合ったり、教会でマリア様の前で涙を流しながらお祈りをしていたり、オペラの舞台のような光景が繰り広げられていて……ああ、舞台は日常の延長なんだなと身に染みて感じることができました。おかげで何か特別なことを演じるのではなく舞台の上で生きていけばいいんだ、と思えるようになりました。

―名門ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約することになったオーディションは「魔笛」だったとか。

 ウィーンのエージェントから、フォルクスオーパーが「魔笛」の夜の女王役を探しているからオーディションを受けに来ないかと連絡があり、ボローニャから10時間以上電車に乗って向かいました。そして、オーディション後、「魔笛」の公演だけではなく、専属になりませんか、とオファーをいただき、ウィーンに移り住むことになりました。

 新国立劇場に初出演したのも、劇場の開場した1997/98シーズンの「魔笛」で、その時は童子役で出演させていただきました。私にとってモーツァルトが、そして「魔笛」というオペラがあることで新しい扉が開かれてきたと思っています。

―フォルクスオーパーでは、パミーナの母、夜の女王役で何度も出演されたそうですが、そのなかでも忘れられない思い出は?

 失敗談でもいいですか。(笑)

 夜の女王の有名なアリアで、夜の女王が娘のパミーナに、ザラストロを殺しなさいと剣を突きつけるシーンがあるのですが、剣が床に落ちた際に、柄と刃がぼろんと離れて取れてしまったことがありました。超絶技巧を歌いながらでしたので、ふーむ、と一瞬迷いましたが、「後はなんとかよろしく……」という気持ちを込めて、パミーナに刃の部分だけを渡したことがあります。

 舞台にはハプニングがつきものなのですが、そういう時に出演者同士が互いに最善なことを探していくことが大事です。そのためにお稽古を重ねて、互いに信頼関係を築いていくので、いざハプニングが起きても助け合ったりして、相手への愛おしさが増すような忘れられない思い出がいろいろあります。

みんなが楽しめるオペラ「魔笛」

―「魔笛」はヨーロッパで上演回数が一番多いオペラですね

 どこを切り取っても名曲ばかりのオペラです。アンサンブルも美しいですし。オペラがお好きな方はもちろん、オーケストラが好きな人も、またドイツ語のセリフが入って物語を運んでいくスタイルなので、お芝居好きな人もみんなが楽しめますよね。

オペラの冒頭、登場した直後に王子タミーノは大蛇との戦いで気絶してしまいますが、王女パミーナもまた登場して間もなく気絶し、そこからお話が展開します。

 パミーナは、自分を誘拐した高僧ザラストロに仕えるモノスタトスになぶられて気絶するのですよね。ヨーロッパでは、気絶は死の一つの象徴といわれていて、そこから目覚めて、また一歩成長するということなのです。

 パミーナはつねに自身で道を切り開いていこうとする人です。誘拐されたら自力で脱出を試みたり、母である夜の女王からの指示に盲従するのではなく、自分の意思で新しい世界に進んでいこうとします。そうした強さとともに、女性らしい、愛する人がいるゆえのもろさも持っていて、愛するタミーノが愛してくれるのなら自分は何とでも強くなれる、愛されることと愛することで強くなっていくのです。舞台のなかで成長していける素敵な役です。


作品への愛がこもった宮本亜門演出

宮本亜門演出の「魔笛」は2013年にオーストリア・リンツ州立歌劇場で上演され、日本では15年に東京二期会が上演して話題となりました。幸田さんはこの二期会公演からパミーナ役で出演されていますね。

 オペラへの愛情、作品への愛情が隅々まで行き渡っている亜門さんの「魔笛」に参加させていただいて本当に幸せです。

 亜門さんの演出は、現代のどこにでもあるような家庭のお父さんとお母さん、おじいちゃんと子どもたち3人という設定でオペラが始まります。童子は物語の要所要所でタミーノとパミーナを導き、助けるのですが、子どもたちが懸命にお父さんとお母さんを守り、励まし、助けているようでなんとも健気です。 

 家族ってなんだろう、愛するってなんだろう、自分らしく生きていくのに、大切なものはなんだろう、とお客さまと舞台上が一体となって、旅することのできる作品だと思います。

 この舞台は、超最先端の技術と、現代社会と、そして普遍的なモーツァルトの本質とがリンクし合っているバランスがすばらしいんです。どの国の、どの世代の方々にも楽しんでいただけると思います。できることなら、モーツァルトにも観て欲しいくらいです! 話すとキリがないのですが、個人的には、弁者(高僧)の登場のシーンは今までこんなの観たことがないっ……と惹きつけられましたし、パパゲーノとパパゲーナのデュエットのチャーミングさに涙が出てきます。

 「魔笛」はいろんな読み替えもできる懐の深い豊かな作品で、それこそがモーツァルトは天才だと思うところです。私はずっと話していられるくらいモーツァルトが好きなのですが、それはモーツァルトの音楽がシンプルで、それがゆえの透明な光と官能美をも感じさせてくれるからです。人生のすべてがそこに表されているような気がします。

 2015年の二期会公演のときに童子3の役で出演していた当時小学5年生だった男の子が、今はもう中学生になり(私より背が高くなっているのですが)今でもよくお手紙をくれたり、演奏会に来てくれます。「将来は、オペラ歌手になる」って言っているんですよ。亜門さんの愛情あふれる土壌から種がどんどん育っていくんですね。

―「魔笛」はパミーノとパミーナの究極のカップルが結ばれるというエンディングですが、実は、幅広い人のつながりも表現されているんですね。

 人類愛はもちろん、大木からエネルギーをもらうように、「魔笛」は自然界、動物への愛情とか、そうした大きな力を感じさせてくれます。その豊かなスケール感を亜門さんの演出は表わしていると思います。再びこの舞台に出演できて、とても幸せです。


神奈川県民ホールの出張公演

2018年3月は県民ホールが改修中のため、よこすか芸術劇場と相模大野の相模女子大学グリーンホールが会場になります。

 よこすか芸術劇場は留学する前からよく出演させていただいた、ヨーロッパの劇場のように優雅で、私の大好きな劇場です。

 相模女子大学グリーンホールは駅からも近くて、皆さまにとって身近なホールだと思いますが、ホールに入ったら亜門さんの「魔笛」ワールドに引き込まれること、請け合いです。

最後に「魔笛」公演に向けてメッセージをお願いします。

 オペラは敷居が高いと思われる方には、ぜひこの「魔笛」から。また、オペラ通の方にも、ぜひこの「魔笛」を、観ていただきたいです。大人も子どもも楽しめるすてきな作品です。皆さま、ぜひご一緒に「魔笛」空間を旅しませんか。


my hall myself

私にとっての神奈川県民ホール

 県民ホールの一番の思い出は、県民ホールの最初の思い出でもあるのですが、学生時代にイタリア・オペラの来日公演チケットをがんばって予約して、友人たちと観に行ったことですね。東京の会場よりチケットが少し安くて、学生でもプラシド・ドミンゴの「道化師」など大歌手が出演するグランドオペラに行くことができたのです。大切な私のオペラ体験のうちの一つです。

取材・文:川西真理 撮影:末武和人  


幸田 浩子 Hiroko Kouda

東京藝術大学首席卒業。同大学院、文化庁オペラ研修所を経て渡欧。数々の国際コンクールに上位入賞後、欧州の名門歌劇場へ次々とデビュー。ローマ歌劇場、ベッリーニ大劇場、シュトゥットガルト州立劇場等で主要な役を演じ、2000年ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約。国内では全国各地でのリサイタルに加え、テレビ、ラジオでレギュラーを務めるなど幅広く活躍中。17年11月《優歌〜そばにいるうた、よりそううた》をリリース。二期会会員。


神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ 2018

モーツァルト作曲「魔笛」

2018年3月11日(日)14:00  よこすか芸術劇場

    3月18日(日)14:00  相模女子大学グリーンホール 〈大ホール〉

演出:宮本亜門 指揮:川瀬賢太郎 

出演:大塚博章(ザラストロ) 安田麻佑子(夜の女王) 

鈴木 准(タミーノ) 幸田浩子(パミーナ) 

萩原 潤(パパゲーノ) 九嶋香奈枝(パパゲーナ) 

高橋 淳(モノスタトス) 他 

二期会合唱団(合唱) 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

全席指定 S 10000円(Sペア19000円) A 8000円 B 5000円 C 3000円 学生(24歳以下・枚数限定)2000円

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