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Nao™ "Life - Station"

Air Jordan V

2018.01.04 04:22

前回投稿でも書いたが…


高校に入学して、中学時代の先輩達からバスケ部に勧誘された。


誘われるがままに、Air Jordan IVと練習に出て見たが、勝てる見込みの立たないチームと判断した為、入部はしなかった。


下手なのに、無駄に威張る一部先輩方がチームに良い兆候をもたらす事が有り得ない…と判断したと言った方が正確なのかも知れない。


後輩に威張る前に、まずは練習するのは当たり前だと思っていたから…。(笑)


それをしなければ、チームとしては強くはならない…。


練習するより、ボールと戯れている状態で部活という名のサークルみたいな感じだった。


中学で引退して、ブランク有なのに、そこの高校内の練習は楽についていけた。


それは、私が何かを特別なものを持っていた訳ではなく、その学校の日々のレベルが低い…という話なだけである。


この時に、Air Jordan IVと共に私は、もうこの競技はしないだろう…決めて、コートを去った。


そして、当時はあまりいなかったAir Jordanをコレクションしようと決めた。


但し、毎回1色だけ買う…という縛りをつけて…。(笑)


で、このクマガヤスポーツさんの広告をみた。

Air Jordan Vの黒の予約可否確認の為、即ここに電話をした。


予約が取れたので、現金書留で送金した。


少し時が経過して1990年7月5日に届いた。


今でも覚えている。(笑)


覚えている理由は簡単である。


前作IVから、何から何まで大幅に進化していたシューズだからである。


届いたVを自宅で試し履きをした所、 凄く軽かった。


あと、アウトソールのクリア素材も映画バック・トゥー・ザ・フューチャーからのフィードバックされた…と月刊バスケットボールに論評されていた。

ブランドとして独り立ちしたのもVが契機だと思う。


フラッグシップ・モデルのアウトソール流用が無くなったのもこの頃からだから…。


比較してみると…1988年…

アウトソールの型は流用…。



1989年…

やはり、同じ形態で維持…。



で…1990年は…

違う…。

恐らくVから、流用も無くし完全なる設計の物になったのだと思う。


また、1990年を境にJordan,Flight,Forceの差別化が極端になったと思う。


それは機能的にも差別化され大幅に進化する筈である。


しかし、試し履きしただけでは、それもわからなかった。


それを認識するのは高校の学級対抗の球技大会のバスケまで分からなかった。(苦笑)


クラスで球技大会のバスケに出るメンバーが一人欠けていた。


同級生が中学の時バスケしていたから…という理由でメンバーに入れられてしまった。


結局、出る羽目にはなってしまったが試合は22対20で負けてしまった。(苦笑)


しかし、個人的には、20点中/16点出来たので普通の出来だったと思うが、チームが負けたら、お話にすらならない…。


相手はかなり強いチームだったが、マークに付かれても簡単に振り切れた。(笑)


それは、私と相手の個人差ではなく、シューズの機能差が大きかったのだと思う。


だから、フリーに等しい状態でボールを手に出来ただけである。


その時、履いたのが、Vである。


IVに比べて、グリップ感、ホールド性を含むフィット感と通気性もかなり向上していて素足に近い感じがした。


クッション性に優れた地下足袋感はあった。

履いていて疲労感の残らない靴…。


それが V …。

尚、VIは、それをより推し進めた感じ…。


因みにに相手は I を履いていた。

体育館の埃のせいで良く滑っていた。


私は全くそれには悩まされなかった。


私は V を履いてから靴の機能をより重視する様になった。


それを教えてくれたのも、Air Jordan V…

凄く良く出来たバッシュ…。


機能的には、I 〜 VIIIまでの中で一番の名作と私は思っている。